白居易『香炉峰下、新卜山居、草堂初成、偶題東壁』原文・書き下し文・現代語訳と解説
このテキストでは、中国の詩人
白居易が詠んだ漢詩、『
香炉峰下新卜山居草堂初成偶題東壁』(香炉峰下、新たに山居を卜し草堂初めて成り、偶東壁に題す)の原文(白文)、書き下し文、わかりやすい現代語訳(口語訳)、そしてその解説(律詩・押韻・対句など)を記しています。
この漢詩は、
白居易が江州という土地に左遷され、司馬という官職に任命されたときに詠んだものです。左遷されたとはいえ悲壮感はなく、当時の悠々自適な心境を読み取ることができます。
原文(白文)
※左から右に読んでください。
香 炉 峰 下 新 卜 山 居 草 堂 初 成 偶 題 東 壁
日 高 睡 足 猶 慵 起
小 閣 重 衾 不 怕 寒
遺 愛 寺 鐘 欹 枕 聴
香 炉 峰 雪 撥 簾 看
匡 廬 便 是 逃 名 地
司 馬 仍 為 送 老 官
心 泰 身 寧 是 帰 処
故 郷 何 独 在 長 安
書き下し文
(※1)香炉峰 下 新 卜 山 居 草 堂 初 成
(※2)偶 題 東 壁
香炉峰下、新たに山居を卜し、草堂初めて成り、偶東壁に題す
こうろほうか、あらたにさんきょをぼくし、そうどうはじめてなり、たまたまとうへきにだいす
日 高 睡 足 猶
(※3)慵 起
日高く睡り足りて猶ほ起くるに慵し
ひたかくねむりたりて なおおくるにものうし
小 閣 重
(※4)衾 不 怕 寒
小閣に衾を重ねて寒さを怕れず
しょうかくにしとねをかさねて かんをおそれず
遺 愛 寺 鐘 欹 枕 聴
遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴き
いあいじのかねは まくらをそばだててきき
(※5)香 炉 峰 雪 撥 簾 看
香炉峰の雪は簾を撥げて看る
こうろほうのゆきは すだれをかかげてみる
(※6)匡 廬 便 是 逃
(※7)名 地
匡廬は便ち是れ名を逃るるの地
きょうろはすなはちこれ なをのがるるのち
司 馬 仍 為 送 老 官
司馬は仍ほ老を送る官たり
しばはなお おいをおくるかんたり
心 泰 身 寧 是
(※8)帰 処
心泰く身寧きは是れ帰する処
こころやすくみやすきは これきするところ
故 郷
(※9)何 独 在 長 安
故郷何ぞ独り長安に在るのみならんや
こきょうなんぞひとり ちょうあんにあるのみならんや
※次のように表記される場合もある。
故 郷 何 独 在 長 安
故郷何ぞ独り長安のみに在らんや
こきょうなんぞひとり ちょうあんのみにあらんや
現代語訳(口語訳)
香炉峰下、新たに山居を卜し、草堂初めて成り、偶東壁に題す
香炉峰のふもと、新しく山の中に住居を構えるのにどこがよいか占い、草庵が完成したので、思いつくままに東の壁に題した(歌)
日高く睡り足りて猶ほ起くるに慵し
日は高くのぼり睡眠は十分とったというのに、それでもなお起きるのがおっくうである
小閣に衾を重ねて寒さを怕れず
小さな家で布団を重ねているので、寒さは心配ない
遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴き
遺愛寺の鐘の音は、枕を高くして(耳をすまして)聴き
香炉峰の雪は簾を撥げて看る
香炉峰に降る雪は、すだれをはね上げて見るのである
匡廬は便ち是れ名を逃るるの地
廬山は(俗世間の)名利(名誉と利益)から離れるにはふさわしい地であり
司馬は仍ほ老を送る官たり
司馬(という官職)は、やはり老後を送るのにふさわしい官職である
心泰く身寧きは是れ帰する処
心が落ち着き、体も安らかでいられる所こそ、安住の地であろう
故郷何ぞ独り長安に在るのみならんや
故郷というものは、どうして長安だけにあろうか、いや長安だけではない
単語・解説
(※1)香炉峰 | 中国の廬山にある峰のひとつ |
(※2)偶 | 思いつくままに |
(※3)慵し | ものうし。おっくうだ、面倒くさい |
(※4)衾 | 「ふすま」とも読む。布団のこと |
(※5)香炉峰雪 | 枕草子「雪のいと高う降りたるを」などに引用されている |
(※6)匡廬(きょうろ) | 廬山の別名 |
(※7)名 | 名利(名誉と利益) |
(※8)帰処 | 「安住の地」と訳す |
(※9)何 | 「何〜ん/何〜んや」の形で反語となる |
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