漢詩『人虎伝・山月記』の原文・現代語訳と解説
このテキストでは、中国の説話集「
唐人説会」に収録されている『
人虎伝』の漢詩(
偶因狂疾成殊類〜)の原文(白文)、書き下し文、わかりやすい現代語訳(口語訳)とその解説(七言律詩・押韻・対句の有無など)を記しています。
※中島敦の短編小説「山月記」はこの話を元に書かれており、作中の漢詩は人虎伝のものをそのまま引用してあります。
原文(白文)
※左から右に読んでください。
偶因狂疾成殊類
災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵
当時声跡共相高
我為異物蓬茅下
君已乗軺気勢豪
此夕溪山対明月
不成長嘯但成嘷
書き下し文
偶因狂疾成殊類
偶(たまたま)狂疾(きょうしつ)に因りて殊類と成り
災患相仍不可逃
災患相仍(よ)りて逃(のが)るべからず
今日爪牙誰敢敵
今日(こんじつ)爪牙(そうが)誰か敢へて敵せん
当時声跡共相高
当時声跡共に相高し
我為異物蓬茅下
我は異物と為る蓬茅(ほうぼう)の下(もと)
君已乗軺気勢豪
君は已に軺(よう)に乗りて気勢豪なり
此夕溪山対明月
此の夕べ溪山明月に対(むか)ひ
不成長嘯但成噑
長嘯を成さずして但だ噑(ほ)ゆるを成す
現代語訳(口語訳)
ふと心を病んでしまったことから、(人間とは)異なる種類の生き物になってしまい
災いが次々と起こり逃れることができませんでした。
(虎となった)今日では、誰が(このするどい)爪や牙に敵として向かってくるでしょうか、いや誰も向かってきません。
昔は君も私も(秀才として)評判が高いものでした。
(しかし今では)私は人間と異なる種類の生き物になって草むらの中におり、
君は車に乗るような身分に出世して勢いが盛んです。
この夕暮れのもと山や谷を照らす月に向かって
(私は)詩を吟じることなくただ吠えるばかりです。
単語・文法解説
狂疾 | 心の病 |
災患 | 災い |
軺 | 当時の馬車を指す言葉 |
長嘯 | 詩を吟じること |
文法解説
■形式:七言律詩
4つの句からなる詩を
絶句(ぜっく)といい、8つの句からなる詩を
律詩(りっし)といいます。例えばこの漢詩では、「偶因狂疾成殊類」を1句と考えます。この漢詩は8つの句からなるので、律詩です。
また、律詩のうち1つの句が5文字からなるものを
五言律詩(ごごんりっし)といい、1つの句が7字からなるもの
七言律詩(しちごんりっし)といいます。
以上から、この漢詩は「
七言律詩」となります。
■押韻:逃・高・豪・嘷
押韻(おういん)とは、漢詩を読んだ時に一定のリズムが出るように、同じ響きの言葉を句の最後に置くことです。この詩では、
逃(Tou)、高(Kou)、豪(Gou)、嘷(Kou/Gou)
が該当します。カッコの中は日本語の音読みです。だいたいが日本語の音読みで判別することができますが、本来は、作者が生きた時代の発音で韻を踏んでいるかどうかを確認します。よって日本語の音読みだけでは判別ができない押韻も存在します。
押韻にはルールがあります。
七言律詩では、原則として第1句末、第2句末、第4句末、第6句末、第8句末に同じ響きの言葉が置かれますが、この句は例外で、第2句末、第4句末、第6句末、第8句末に同じ響きの言葉が置かれています。
対句
対句とは、句を強調するために、形や語感が似たペアの句を作る技法です。ペアとなる句は、文法構造や用いている文字が呼応しているなどの特徴があります。
七言律詩では原則として「第3句と第4句」、「第5句と第6句」が対句となりますが、「第5句と第6句」については、これらを対句としない解釈もあります。
■第3句と第4句
今 日 爪 牙 誰 敢 敵
当 時 声 跡 共 相 高
■第5句と第6句
我 為 異 物 蓬 茅 下
君 已 乗 軺 気 勢 豪
著者情報:走るメロスはこんな人
学生時代より古典の魅力に取り憑かれ、社会人になった今でも休日には古典を読み漁ける古典好き。特に1000年以上前の文化や風俗をうかがい知ることができる平安時代文学がお気に入り。作成したテキストの総ページビュー数は1,6億回を超える。好きなフレーズは「頃は二月(にうゎんがつ)」や「月日は百代の過客(くゎかく)にして」といった癖のあるやつ。早稲田大学卒業。