『桜木の精』
このテキストでは、
今物語の一節「
桜木の精」(小式部内侍、大二条殿におぼしめされけるころ〜)の現代語訳・口語訳とその解説を記しています。
※今物語は鎌倉時代の説話集です。画家および歌人として高名だった藤原信実が編纂したといわれています。
解説
この時期の結婚生活は、
通い婚と言って、夫婦で一緒に住むのものではなく、男性が女性の家に訪ねていくというスタイルでした。また男性は妻を何人も抱えていた時代ですので、恋が終わると、男性がその女性を訪れることはなくなります。この物語のように、ずっと通って来なくなった男性を待ち続ける女性の姿を描いた作品が、古典の中には多く見られます。このことを頭にいれて読み進めてみましょう。
原文
小式部内侍、
(※1)大二条殿に
おぼしめされけるころ、
久しく仰せ言なかりける夕暮れに、
あながちに恋ひ奉りて、端近く
ながめゐたるに、
(※2)御車の音などもなくて、
ふと入らせ給ひたりければ、
待ち得て夜もすがら語らひ申しける
(※3)暁方に、
いささかまどろみたる夢に、糸の付きたる針を御
(※4)直衣の袖に刺すと見て夢
覚めぬ。
さて帰らせ給ひにけるあしたに、御名残を
思ひ出でて、例の端近くながめいたるに、前なる桜の木に糸の下がりたるを、
あやしと思ひて見ければ、夢に、御直衣の袖に刺しつる針なりけり。いと不思議なり。
あながちに物を思ふ折には、木草なれども、
かやうなることの侍るにや。その夜御渡りあること、まことにはなかりけり。
現代語訳
小式部内侍が大二条殿に寵愛されていた頃、久しく(大二条殿からの)お言葉がなかった(時期の)夕暮れに、(小式部内侍は大二条殿のことを)一途にお慕い申し上げて、端近く(部屋の外に近いところ)で物思いにふけり続けていると、(殿がやってくるときにいつも聞こえる)車の音などもしなくて、(大二条殿が)ふと家に入っていらっしゃったので、待った末に(大二条殿を)迎えたので一晩中語らい申し上げた明け方に、ほんの少しうとうとした(ときに見た)夢の中で、糸のついた針を直衣の袖に刺しているところを見て夢が覚めました。
そして(大二条殿が)お帰りになった朝に、残して行かれた気配を思い出して、いつもの部屋の端の方で物思いにふけり続けていると、目の前にある桜の木に、糸がぶらさがってるのを、不思議に思って見てみると、夢で、直衣の袖に刺した針でした。とても不思議なことです。
一途に誰かを思うときには、草木であっても、このようなことがおこるのですね。その夜に大二条殿が訪ねてきたということは、本当はありませんでした。
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