新規登録 ログイン

18_80 西アジア・地中海世界の形成 / 古代オリエント世界

アケメネス朝ペルシアによる再統一 わかりやすい世界史まとめ15

著者名: John Smith
Text_level_2
マイリストに追加
アケメネス朝ペルシアによる再統一

この4王国が分立する状況を打破し、再びオリエントを統一したのが、イラン高原の南西部(パールス地方)から興ったアケメネス朝ペルシアです 。 建国者のキュロス2世は、紀元前550年にメディアを滅ぼして自立し、続いてリディアと新バビロニアを征服しました 。彼はバビロン捕囚にあったユダヤ人を解放するなど、寛容な政策をとりました 。息子のカンビュセス2世はエジプトを征服し、紀元前525年にオリエント全土を統一しました 。 第3代のダレイオス1世の時代に、アケメネス朝は最盛期を迎えました 。彼は東はインダス川流域から西はエーゲ海北岸に至る大帝国を建設しました 。 ダレイオス1世は中央集権的な統治体制を完成させました 。全国を約20の州(サトラピー)に分け、各州に知事(サトラップ)を置いて統治させました 。また、王の目・王の耳と呼ばれる監察官を巡回させ、サトラップを監視しました 。 交通網の整備にも力を入れ、「王の道」と呼ばれる幹線道路を建設し、駅伝制を整えました 。スサからサルデスに至る王の道は特に有名です 。新都ペルセポリスの建設も行われました 。 アケメネス朝は、アッシリアとは異なり、被征服民の宗教や慣習を尊重する寛容な統治を行いました 。公用語にはアラム語を採用し、貨幣制度も整備しました 。 宗教は、イラン人独自のゾロアスター教(拝火教)が信仰されました 。この宗教は、世界を善神アフラ・マズダと悪神アーリマンの闘争と捉える善悪二元論や、最後の審判の思想を特徴とし、後のユダヤ教やキリスト教にも影響を与えました 。 アケメネス朝は、紀元前5世紀にギリシアとの間でペルシア戦争を戦いましたが敗北し、その後衰退に向かいました 。最終的に紀元前330年、マケドニアのアレクサンドロス大王によって滅ぼされました 。
Tunagari_title
・アケメネス朝ペルシアによる再統一 わかりやすい世界史まとめ15

Related_title
もっと見る 

Keyword_title

Reference_title
『世界史B 用語集』 山川出版社
『教科書 世界史B』 山川出版社

この科目でよく読まれている関連書籍

このテキストを評価してください。

※テキストの内容に関しては、ご自身の責任のもとご判断頂きますようお願い致します。

 

テキストの詳細
 閲覧数 171 pt 
 役に立った数 0 pt 
 う〜ん数 0 pt 
 マイリスト数 0 pt 

知りたいことを検索!

まとめ
このテキストのまとめは存在しません。