古代オリエントの統一
メソポタミア北部に興ったセム語系の
アッシリアは、強力な軍事力を背景に勢力を拡大しました 。彼らは鉄製の武器と戦車、騎兵を有効に活用し、紀元前7世紀前半には全オリエントを統一しました 。これは歴史上初の世界帝国(広域を支配する帝国)でした 。 最盛期のアッシュルバニパル王は、都ニネヴェに大図書館を建設したことでも知られています 。アッシリアは全土を州に分け、総督を派遣して統治する中央集権体制を敷きました 。また、駅伝制を整備して情報の伝達を確保しました 。 しかし、アッシリアの支配は力による過酷なもので、重税や被征服民の強制移住などを行ったため、各地で反乱が相次ぎました 。その結果、紀元前612年に
新バビロニアと
メディアの連合軍によって滅ぼされました 。
4王国の分立
アッシリアの滅亡後、オリエント世界は4つの王国に分裂しました 。
リディア: 小アジア(アナトリア)西部に位置し、世界最古の金属貨幣(エレクトロン貨)を使用したことで知られます 。
新バビロニア(カルデア): メソポタミアを支配し、ネブカドネザル2世の時代に繁栄しました。バビロン捕囚を行ったのもこの国です 。
メディア: イラン高原を支配したインド・ヨーロッパ語系の王国です 。
エジプト(第26王朝):サイスを都とし、アッシリアから独立した末期王朝。