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17_80 原始・古代の社会・文化と東アジア / 弥生時代・古墳時代

【大和政権と倭の五王】 受験日本史まとめ 5

著者名: Cogito
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倭の五王

倭の五王は、讃・珍・済・興・武(さん・ちん・せい・こう・ぶ)といわれ、日本書紀に出てくる各天皇と比べられますが、確実なことはまだわかっていません。

讃(仁徳天皇or 応神・履中天皇)
珍(反正天皇or 仁徳天皇)
済(允恭天皇)
興(安康天皇)
武(雄略天皇)

5世紀末頃に在位した雄略天皇は、稲荷山古墳から出土した鉄剣(稲荷山古墳出土鉄剣)に金象嵌で獲加多支鹵大王(わかたけるのおおきみ)と記されており、倭王武とも言われます。

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(稲荷山古墳出土鉄剣)

倭王武は、478年に宋の順帝に上表文を奉り、高句麗との戦いの支援を要求したと伝えられています。



大和政権下の社会

氏姓制度

大和政権では、氏姓制度という厳格な身分制度が取られ、大王家を中心とし、その支配下に地方の豪族を置く体制で国内を統治しました。

血縁をもとにした氏(うじ)という同族集団が組織され、その長を氏上、それ以外の構成員を氏人と言いました。

家柄を示す称号を姓(かばね)が用いられ、中央豪族には臣(おみ)、連(むらじ)、地方豪族には君(きみ)、直(あたえ)、渡来人には忌寸(いみき)、史(ふひと)、村主(すぐり)というように分けられました。

臣(おみ)大王家などから分かれた皇別氏族。葛城・平群・和邇・巨勢・蘇我氏・吉備・出雲氏など。
連(むらじ)大王家とは祖先が異なる神別氏族。大伴・物部・中臣・忌部氏など。
君(きみ)大王家から分かれた小氏・筑紫・毛野など地方豪族の姓。
直(あたえ)5~6世紀に服属した国造に与えられた姓。
忌寸(いみき)直姓の国造、渡来人系に与えられた姓。
史(ふひと)首とともに渡来人系に与えられた姓。
村主(すぐり)渡来人の子孫に与えられた姓。

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『日本史用語集』 山川出版社
『詳説日本史』 山川出版社

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