平家物語
西光被斬
西光法師この事聞いて、我が身のうへとや思ひけん、鞭をあげ、院の御所法住寺殿へ馳せ参る。平家の侍共、道にて馳せむかひ、
「西八条へ召さるるぞ。きっと参れ」
と言ひければ、
「奏すべき事あって、法住寺殿へ参る。やがてこそ参らめ」
と言ひけれ共、
「憎い入道かな。何事をか奏すべかんなる。さな言はせそ」
とて、馬よりとって引き落し、ちうにくくって、西八条へさげて参る。日の始めより根元与力の者なりければ、殊につよういましめて、壺の内にぞひっすへたる。入道相国大床に立って、
「入道かたぶけうどするやつがなれる姿よ。しやつここへ引き寄せよ」
とて、縁の際に引き寄せさせ、物はきながら、しゃっつらをむずむずとぞ踏まれける。
「もとよりおのれらがやうなる下臈のはてを、君の召しつかはせ給ひて、なさるまじき官職をなしたび、父子共に過分のふるまひをすると見しにあはせて、あやまたぬ天台の座主流罪に申しおこなひ、天下の大事ひき出いて、剰へこの一門ほろぼすべき謀反にくみしてんげつやつなり。ありのままに申せ」
とこそのたまひけれ。
つづき