新規登録 ログイン

9_80 その他 / その他

平家物語原文全集「祇王 7」

著者名: 古典愛好家
Text_level_1
マイリストに追加
平家物語

祇王

祇王もとより思ひまふけたる道なれども、さすがに昨日今日とは思ひよらず。いそぎ出づべき由、しきりにのたまふあひだ、掃き拭ひ塵拾はせ、見苦しき物共とりしたためて、出づべきにこそ定まりけれ。一樹のかげにやどりあひ、おなじ流れをむすぶだに、別れはかなしきならひぞかし。ましてこの三年(みつとせ)が間、住みなれし所なれば、名残もおしうかなしくて、かひなき涙ぞこぼれける。さてもあるべきことならねば、祇王すでに、今はかうとて出でけるが、なからん跡の忘れ形見にもとやと思ひけむ。障子になくなく一首の歌をぞかきつけける。

萌え出づるも枯るるも同じ野辺の草 いづれか秋にあはではつべき

さて、車に乗つて宿所に帰り、障子のうちに倒れ臥し、ただ泣くより外のことぞなき。母やいもうと是を見て、

「いかにやいかに」


と問ひけれ共、とかうの返事にも及ばず。供 (ぐ)したる女に尋ねてぞ、去事 (さること)ありとも知りてんげれ。


さるほどに毎月に送られたりける、百石・百貫をも今はとどめられて、仏御前が所縁 (ゆかり)の者共ぞ、始めて楽しみ栄えける。京中の上下、

「祇王こそ入道殿よりいとま給はって出でたんなれ。いざ見参してあそばむ」


とて、或いは文をつかはす人もあり、或いは使を立つる者もあり。祇王さればとて、今更人に対面してあそびたはぶるべきにもあらねば、文をとりいるる事もなく、まして使にあひしらふ迄もなかりけり。これにつけてもかなしくて、いとど涙にのみぞ沈みにける。


続き
Tunagari_title
・平家物語原文全集「祇王 7」

Related_title
もっと見る 

Keyword_title

Reference_title
梶原正昭,山下宏明 1991年「新日本古典文学大系 44 平家物語 上」岩波書店

この科目でよく読まれている関連書籍

このテキストを評価してください。

※テキストの内容に関しては、ご自身の責任のもとご判断頂きますようお願い致します。

 

テキストの詳細
 閲覧数 10,120 pt 
 役に立った数 0 pt 
 う〜ん数 0 pt 
 マイリスト数 0 pt 

知りたいことを検索!