平家物語
祇園精舎
五節には、
「白薄樣、こぜむじの紙、巻上の筆、鞆絵(ともえ)かいたる筆の軸」
なんど、さまざま面白きことをのみこそうたひ舞はるるに、中比(なかごろ)太宰権師季仲卿といふ人ありけり。あまりに色の黒かりければ、見る人黒師とぞ申しける。その人いまだ蔵人頭なりし時、五節に舞はれければ、それも拍子をかへて、
「あなくろぐろ、くろき頭かな。いかなる人のうるしぬりけむ」
とぞはやけされる。また、花山院前太政大臣忠雅公、いまだ十歳と申しし時、父中納言忠宗卿にをくれたてまって、みなし子にておはしけるを、故中御門藤中納言家成卿、いまだ播磨守たりし時、婿に取って声花にもてなされければ、それも五節に、
「播磨米は、とくさかむくの葉か、人のきらを磨くは」
とぞはやけされる。
「上古にはか樣にありしかども事出(い)で来(こ)ず。末代いかがあらんずらむ、おぼつかなし」
とぞ人申しける。
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