蜻蛉日記
十六日、雨の脚いと心ぼそし
十六日、雨の脚いと心ぼそし。
あくれば、この寝るほどにこまやかなる文みゆ。
「今日は方ふたがりたりければなん。いかがせん」
などあべし。かへりごとものして、と許(ばかり)あれば、みづからなり。日も暮れがたなるを、あやしとおもひけんかし。夜にいりて
「いかに、みてぐらをやたてまつらまし」
など、やすらひのけしきあれど、
「いとようないことなり」
など、そそのかし出だす。あゆみ出づるほどに、あいなう
「夜かずにはしもせじとす」
としのびやかにいふをきき、
「さらばいとかひなからん。異夜はありと、かならずこよひは」
とあり。それもしるく、そののちおぼつかなくて、八九日許になりぬ。かくおもひおきて、
「数には」
とありしなりけりと思ひあまりて、たまさかにこれよりものしけること、
かたときにかへしよかずをかぞふれば しぎのもろはもたゆしとぞなく
かへりごと、
いかなれやしぎのはねがきかずしらず おもふかひなきこゑになくらん
とはありけれど、おどろかしてもくやしげなるほどをなん、いかなるにかとおもひける。
このごろ、庭もはらに花ふりしきて、海ともなりなんとみえたり。
今日は廿七日、雨昨日のゆふべよりくだり、風ののちのはなをはらふ。