蜻蛉日記
いま二日許ありて
いま二日許ありて、
「とりきこゆべきことあり。おはしませ」
とのみ書きて、まだしきにあり。
「ただいまさぶらふ」
といはせて、しばしあるほどに雨いたうふりぬ。夜さへかけてやまねば、えものせで、
「なさけなし、消息をだに」
とて、
「いとわりなき雨にさはりてわび侍り、かばかり、
たえずゆく我がなか河の水まさり をちなる人ぞこひしかりける」
かへりごと
あはぬせをこひしとおもはば思ふどち へんなかがはにわれをすませよ
などあるほどに、暮れはてて雨やみたるに、みづからなり。例の心もとなきすぢをのみあれば、
「なにか、三つとのたまひしをよびひとつは、をりあへぬほどにすぐめるものを」
といへば、
「それもいかが侍らん。不定(ふじょう)なることどももはべめれば屈(く)しはてて、またをらすほどにもやなり侍らん。なほいかで大殿(おとど)の御暦、中切りてつぐわざもし侍りにしがな」
とあれば、いとをかしうて、
「かへる雁(かり)をなかせて」
などこたへたれば、いとほがらかにうちわらふ。
さて、かのびびしうもてなすとありしことを思ひて、
「いとまめやかには心ひとつにも侍らず、そそのかし侍らんことはかたき心ちなんする」
とものすれば、
「いかなることにか侍らん。いかでこれをだにうけ給はらん」
とて、あまたたび責めらるれば、げにとも知らせん、ことばにかつばいひにくきをと思ひて、
「御覧ぜさするにも便(び)なき心ちすれど、ただこれもよほしきこえんことのくるしきを見たまへとてなん」
とて、かたはなるべき所は破(や)りとりてさし出でたれば、簀子(すのこ)にすべりいでて、おぼろなる月にあててひさしう見ていりぬ。
「紙のいろにさへまぎれて、さらにえ見たまへず。昼さぶらひて見給へん」
とて、さしいれつ。
「いまは破(や)りてん」
といへば、
「なほしばし破(や)らせ給はで」
などいひて、これなることほのかにも見たり顔にもいはで、ただ
「ここにわづらひ侍りしほどの近うなれば、つつしむべきものなりと人もいへば、心ぼそうもののおぼえ侍ること」
とて、をりをりにそのことともきこえぬほどに、しのびてう誦ずることぞある。
「つとめて寮(つかさ)にものすべきこと侍るも、助の君にきこえにやがてさぶらはん」
とて立ちぬ。