蜻蛉日記
かへりて三日許ありて
かへりて三日許ありて、賀茂にまうでたり。ゆき風いふかたなうふりくらがりてわびしかりしに、かぜおこりてふしなやみつるほどに、しもつきにもなりぬ。しはすもすぎにけり。
十五日、なひあり。大夫のざう色のをのこども、
「なひす」
とてさわぐをきけば、やうやうゑひすぎて
「あなかまや」
などいふ声きこゆる。をかしさに、やをらはしのかたにたち出でて見いだしたれば、月いとをかしかりけり。ひんがしざまにうち見やりたれば、山かすみわたりていとほのかに心すごし。柱によりたちて、おもはぬ山なくおもひ立てれば、八月よりたえにし人、はかなくて六月(むつき)にぞなりぬるかし、とおぼゆるままに、なみだぞさくりもよよにこぼるる。さて、
もろごゑになくべきものをうぐひすは むつきともまだしらずやあるらん
とおぼえたり。