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枕草子 原文全集「うれしきもの」

著者名: 古典愛好家
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うれしきもの

うれしきもの。まだ見ぬ物語の一を見て、いみじうゆかしとのみ思ふがのこり見出でたる。さて、心おとりするやうもありかし。人の破(や)りすてたる文(ふみ)をつぎて見るに、同じ続きをあまたくだり見続けたる。いかならむと思ふ夢を見て、おそろしと胸つぶるるに、ことにもあらずあはせなしたる、いとうれし。
 

よき人の御前に、人々あまたさぶらふをり、昔ありけることにもあれ、今聞こしめし、世にいひけることにもあれ、語らせ給ふを、我に御覧じあはせてのたまはせたる、いとうれし。とをき所はさらなり、同じ都のうちながらもへだたりて、身にやむごとなく思ふ人のなやむを聞きて、いかにいかにとおぼつかなきことを嘆くに、をこたりたるよし、消息聞くも、いとうれし。
 

思ふ人の、人にほめられ、やむごとなき人などの、くちをしからぬものにおぼしのたまふ。もののをり、もしは、人といひかはしたる歌の聞こえて、打聞(うちぎき)などにかきいれらるる。みづからの上にはまだしらぬことなれど、なほ思ひやるよ。いたううちとけぬ人のいひたる古きことの、しらぬを聞きいでたるもうれし。のちに物の中などにて見いでたるは、ただをかしう、これにこそありけれと、かのいひたりし人ぞをかしき。
 

陸奥紙、ただのも、よき得たる。はづかしき人の、歌の本末とひたるに、ふとおぼえたる、我ながらうれし。常におぼえたることも、また人のとふに、きよう忘れてやみぬるをりぞおほかる。とみにて求むるもの、見いでたる。
 

物合、なにくれと、いどむことに勝ちたる、いかでかうれしからざらむ。また、我はなど思ひてしたり顔なる人、はかりえたる。女どちよりも、男はまさりてうれし。これが答は必ずせむ、と思ふらむと、つねに心づかひせらるるもをかしきに、いとつれなく、なにとも思ひたらぬさまにて、たゆめすぐすも、またをかし。にくきものの、あしきめみるも、罪や得らむと思ひながら、またうれし。
 

もののをりに、衣うたせてやりて、いかならむと思ふに、きよらにて得たる。刺櫛(さしぐし)すらせたるに、をかしげなるもまたうれし。またも多かるものを。
 

日ごろ月ごろ、しるきことありて、なやみわたるが、をこたりぬるもうれし。思ふ人の上は、わが身よりもまさりてうれし。
 

御前に人々所もなくゐたるに、今のぼりたるは、少しとをき柱もとなどにゐたるを、とく御覧じつけて、

「こち」


と仰せらるれば、道あけて、いと近うめしいれられたるこそうれしけれ。

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・枕草子 原文全集「うれしきもの」

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萩谷朴 1977年「新潮日本古典集成 枕草子 下」 新潮社
松尾聰,永井和子 1989年「完訳 日本の古典 枕草子」小学館
渡辺実 1991年「新日本古典文学大系 枕草子・方丈記」岩波書店

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