細殿に便なき人なむ、暁に傘さして出でける
「細殿に便なき人なむ、暁に傘さして出でける」
といひ出でたるを、よく聞けば、わがうへなりけり。地下などいひても、めやすく人にゆるされぬばかりの人にもあらざなるを、あやしのことやと思ふほどに、上より御文持てきて、
「返りごと、ただいま」
と仰せられたり。なにごとにか、とて見れば、大傘のかたをかきて、人は見えず、ただ手のかぎりをとらへさせて、下に、
山の端明けしあしたより
とかかせ給へり。なほはかなきことにても、ただめでたくのみおぼえさせ給ふに、はづかしく心づきなきことは、いかでか御覧ぜられじ、と思ふに、かかるそらごとのいでくる、くるしけれどをかしくて、異紙(ことがみ)に、雨をいみじう降らせて下に、
「ならぬ名の立ちにけるかな
さてや、濡衣にはなり侍らむ」
と啓したれば、右近の内侍などに語らせ給ひて、笑はせ給ひけり。