はるかなるもの
はるかなるもの。
半臂の緒ひねる。
みちの国へ行く人、逢坂(あふさか)こゆる程。
うまれたるちごの、大人になるほど。
方弘は、いみじう人に
方弘(まさひろ)は、いみじう人に笑はるるものかな。親などいかに聞くらむ。供にありくものの、いとひさしきを呼びよせて、
「なにしに、かかるものには使はるるぞ。いかがおぼゆる」
など笑ふ。
ものいとよくするあたりにて、下重の色、うへのきぬなども、人よりよくて着たるをば、
「これをこと人に着せばや」
などいふに、げにまた言葉遣ひなどぞあやしき。里に宿直物とりにやるに、
「男二人まかれ」
といふを、
「ひとりしてとりにまかりなむ」
といふ。
「あやしの男や。ひとりしてふたりが物をばいかで持たるべきぞ。一升瓶に二升は入るや」
といふを、なでふことと知る人はなけれど、いみじう笑ふ。人の使の来(き)て、
「御返ごととく」
といふを、
「あのにくの男や。などかうまどふ。かまどに豆やくべたる。この殿上の墨筆は、なにの盗み隠したるぞ。飯(いひ)、酒ならばこそ、人もほしがらめ」
といふを、また笑ふ。
女院なやませ給ふとて、御使にまゐりてかへりたるに、
「院の殿上には、誰々かありつる」
と人の問へば、
「それ、かれ」
など、四五人ばかりいふに、
「また誰か」
と問へば、
「さては、ぬる人どもぞありつる」
といふも笑ふも、またあやしきことにこそはあらめ。人間により来(き)て、
「わがきこそ、ものきこえむ。まづと、人ののたまひつることぞ」
といへば、
「なにごとぞ」
とて、几帳のもとにさしよりたれば、
「むくろごめにより給へ」
といひたるを、
「五体ごめ」
となむいひつるとて、また笑はる。
除目の中の夜、さしあぶらするに、灯台の打敷をふみて立てるに、あたらしき油単に、襪(しとうづ)はいとよくとらへられにけり。さしあゆみてかへれば、やがて灯台は倒れぬ。襪に打敷つきてゆくに、まことに大地震動したりしか。
頭つき給はぬかぎりは、殿上の台盤には人もつかず。それに、豆一盛りをやをらとりて、小障子のうしろにてくひければ、ひきあらはして笑ふことかぎりなし。