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枕草子 原文全集「職の御曹司におはしますころ、西の廂にて」其の一

著者名: 古典愛好家
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職の御曹司におはします頃、西の廂にて

職の御曹司におはしますころ、西の廂(ひさし)にて不断の御読経あるに、仏などかけたてまつり、僧どものゐたるこそさらなるなれ。二日ばかりありて、縁のもとに、あやしきものの声にて、

「なほかの御仏供(ぶく)おろし侍りなむ」


といへば

「いかでか、まだきには」


といふなるを、何のいふにからむとて立ち出でて見るに、なま老いたる女法師の、いみじうすすけたる衣をきて、さるざまにていふなりけり。

「かれは、何ごといふぞ。」


といへば、声ひきつくろひて、

「仏の御弟子にさぶらへば、御仏供のおろしたべむと申すを、この御坊たちの惜しみ給ふ」


といふ。はなやぎみやびかなり。かかるものは、うちうむじたるこそあはれなれ、うたてもはなやぎたるかなとて、

「こと物はくはで、ただ仏の御おろしをのみくふか。いとたふときことかな。」


などいふけしきを見て、

「などかことものも食べざらむ。それがさぶらはねばこそととり申せ。」


といふ。果物ひろき餅ゐなどを、ものに入れてとらせたるに、むげになかよくなりて、よろづのこと語る。


わかき人々出できて、

「をとこやある、子やある、いづくにか住む」


など口々とふに、をかしきことそへごとなどをすれば、

「歌はうたふや。舞などするか」


ととひもはてぬに、

「夜は誰とか寝む、常陸介(ひたちのすけ)と寝む、寝たる肌よし」


これが末いとおほかり。また、

「をとこ山の、峰のもみぢ葉、さぞ名は立つや、さぞ名は立つや」


と頭をまろばしふる。いみじうにくければ、わらひにくみて、

「往(い)ね、往ね」


といふに、

「いとほし。これに何とらせむ」


といふを聞かせ給ひて、

「いみじうかたはらいたきことはせさせつるぞ。え聞かで耳をふたぎてぞありつる。その衣ひとつとらせてとくやりてよ」


と仰せらるれば、

「これ、たまはするぞ。衣すすけためり。しろくて着よ。」


とて投げとらせたれば、ふしをがみてかたにうちおきては舞ふものか。まことににくくて、みな入りにしのち、ならひたるにやあらむ、つねに見えしらがひありく。やがて常陸の介とつけたり。衣もしろめずおなじすすけにてあれば、いづちやりてけむなどにくむ。


右近の内侍の参りたるに、

「かかるものをなむ語らひつけてをきためる。すかして、つねにくること」


とて、ありしやうなど、小兵衛といふ人にまねばせて聞かせさせ給へば、

「かれいかで見侍らむ。かならず見せさせ給へ。御得意ななり。さらによも語らひとらじ。」


など笑ふ。


その後(のち)、また尼なるかたゐの、いとあてやかなる、出できたるを、また呼び出でてものなどとふに、これはいとはづかしげに思ひてあはれなれば、例の衣ひとつ給はせたるを、ふし拝むはされどよし、さてうちなきよろこびていぬるを、はやこの常陸介は、来(き)あひて見てけり。その後ひさしう見えねど、誰かは思ひ出でむ。
 

其の二
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・枕草子 原文全集「職の御曹司におはしますころ、西の廂にて」其の一

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渡辺実 1991年「新日本古典文学大系 枕草子・方丈記」岩波書店
松尾聰,永井和子 1989年「完訳 日本の古典 枕草子」小学館
萩谷朴 1977年「新潮日本古典集成 枕草子 上」 新潮社

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