平家物語
内裏炎上
夕べに及んで、蔵人左少弁兼光に仰せて、殿上にてにはかに公卿僉議あり。保安四年七月に神輿入洛の時は、座主に仰せて、赤山の社へいれ奉る。また保延四年四月に神輿入洛の時は、祇園別当に仰せて、祇園社へいれ奉る。今度は保延の例たるべしとて、祇園の別当権大僧都澄兼に仰せて、秉燭(へいしょく)に及んで、祇園の社へいれ奉る。神輿に立つところの矢をば、神人してこれを抜かせらる。山門の大衆、日吉の神輿を、陣頭へ振り奉る事、永久より以降、治承までは六箇度なり。毎度に武士を召してこそ防かるれども、神輿射奉る事、これはじめとぞうけたまはる。
「霊神怒りをなせば、災害巷に満つといへり。恐ろし恐ろし」
とぞ人々、申しあはれける。
つづき