平家物語
殿下乗合
御車ぞひには、因幡の催使(さいづかい)、鳥羽の国久丸(くにひさまる)といふ男、下臈なれどもなさけある者にて、泣く泣く御車つかまつって、中御門の御所へ還御なし奉る。束帯の御袖にて、御涙をおさへつつ、還御の儀式あさましさ、申すも中々おろかなり。大織冠、淡海公の御事は、あげて申すに及ばず、忠仁公、昭宣公よりこのかた、摂政、関白のかかる御目にあはせ給ふ事、いまだ承り及ばず。これこそ平家の悪行のはじめなれ。
小松殿、大きに騒いでその時ゆき向かひたる侍ども皆勘当せらる。
「たとひ入道いかなる不思議を下知(げち)し給ふとも、など重盛に夢をば見せざりけるぞ。およそは資盛奇怪なり。
「栴檀(せんだん)は二葉より香ばし」
とこそ見えたれ。既に十二三にならむずる者が、今は礼義を存知してこそふるまふべきに、かやうの尾籠(びろう)を現じて、入道の悪名を立つ。不孝のいたり、汝一人にあり」
とて、暫く伊勢国に追ひ下さる。さればこの大将をば、君も臣も御感ありけるとぞ聞えし。