蜻蛉日記
さてついたち三日のほどに
さてついたち三日のほどに、午(うま)時ばかりに見えたり。老いてはづかしうなりにたるに、いとくるしけれど、いかがはせん。と許(ばかり)ありて、
「方ふたがりたり」
とて、わが染めたるともいはじ、にほふ許(ばかり)のさくらがさねの綾、文はこぼれぬばかりして、固紋(かたもん)のうへのはかまつやつやとして、はるかに追ひちらしてかへるを聞き つつ、あなくるし、いみじうもうちとけたりつるかななど思ひて、なりをうち見れば、いたうしほなえたり。鏡をうち見ればいとにくげにはあり、またこたび、うじはてぬらんとおもふことかぎりなし。かかることをつきせずながむるほどに、ついたちより雨がちになりにたれば、
「いとどなげきのめをもやす」
とのみなんありける。
五日、夜中許に世の中さわぐをきけば、さきに焼けにし憎どころ、こたみはおしなぶるなりけり。
十日許にまた昼つかた見えて、
「春日へなん。まうづべきほどのおぼつかなさに」
とあるも、例ならねばあやしうおぼゆ。