蜻蛉日記
さて、あはつけかりしすきごとどもの
さて、あはつけかりしすきごとどものそれはそれとして、柏木のこだかきわたりより、かくいはせんと思ふことありけり。例の人は案内するたより、もしはなま女などしていはすることこそあれ、これはをやとおぼしき人にたはぶれにもまめやかにもほのめかししに、
「便なきこと」
といひつるをも知らず顔に、馬にはひのりたる人してうちたたかす。
「誰」
などいはするにはおぼつかなからず、さわいだれば、もてわづらひとり入れて持てさわぐ。見れば紙なども例のやうにもあらず、いたらぬところなしと聞きふるしたる手も、あらじとおぼゆるまであしければ、いとぞあやしき。ありけることは
おとにのみきけばかなしなほととぎす ことかたらはんとおもふこころあり
とばかりぞある。
「いかに。かへりごとはすべくやある」
などさだむるほどに、古体なる人ありて、
「なほ」
とかしこまりて書かすれば
かたらはん人なきさとにほととぎす かひなかるべきこゑなふるしそ