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8_80 ことば / 漢字・単語・熟語・ことわざ

漢字が捻じ曲げられたことを誰も教えてはくれない

著者名: キョウ
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日本人として当たり前のように使っている漢字。
それが、ここ半世紀の内に大きく変わっているということを習った方はいるだろうか?
少なくとも、学校の先生にも塾の先生にも親にも、私は教わった記憶はない。





「臭い」という字と。
「嗅ぐ」という字と。

なぜ、上は点がなくて下は点があるのか。いや、そうじゃない。
元は点のある「犬」であったのだ。

「自」という字は本来、鼻を表す語だ。己を指すときに鼻の頭を指し示す動作から来ている。「犬」はそのまま、イヌのことだ。嗅覚の発達した犬と自分という言葉から作られたので「臭」は「におい」となった。

しかしそれならば何故下が「犬」ではなく「大」なのか。長い歴史の中で変わったのか?いや、違う。最近になって変えられたのだ。

1946年。
内閣から「当用漢字表」が告示された。そこで、『「漢字は形が複雑で、覚えるのも書くのも大変だから、できるだけ簡単な形にして、子供たちの学習上の負担を軽減し、印刷面にかかる労力もできるだけ少なくしよう」』という安易な考え方によって一画減らされたのだ。おかげで、見れば意味の分かる言語である漢字そのものを見ても正しい字源解釈が出来ないようになったのだ。しかも、それが徹底されるでもなく、「嗅」「伏」「黙」「然」のように<犬>の文字は残ったままだ。

また、「犬」の例では、他にも簡略化されたものとして「器」「類」「戻」がある。ここの「大」は元々「犬」だったのだ。今では、言われなければ分からない。


これはあくまで一例である。


そんなものが沢山ある。


1981年。
「当用漢字表」に代わって「常用漢字表」が内閣告示として発表され、字数は1945文字(2010年の改訂で196文字追加の5字削除、2012年現在では2036字)となった。
基本的にこの範囲の漢字を使いましょう、と学校教育から出版まで適用されている。


良いこともあった。
漢字は多過ぎる。「鬱」のような画数の多い漢字も困難さを感じさせる。そこで、簡略化字体という「同じ漢字でありながらも偏やツクリを簡単にした」ものを当用漢字表制定の上で採用したことで、学習していく上での難易度を下げた。加えて、新聞や本といった印刷物において基準が出来たことにより統一性と画数減による印刷代の節約効果もあった。


だがそれ以上に悪いこともあった。
伝統が崩れたのだ。本来、漢字は表意文字という見れば意味の分かる文字である。逆に表音文字という音で意味が分かる言葉もあり、例えば英語がそれである。

閑話休題。

その、意味を形に込めて作られた漢字の形を勝手に簡易にし過ぎてしまうとどうなるか。積み上げられてきた伝統が崩れ、似て非なるモノになる。あまり目にすることはないが、戦前の書物などは見たこともない漢字でいっぱいだ。
例を挙げよう。

「鷗」→「鴎」
「學」→「学」
「圓」→「円」
「發」→「発」
「榮」→「栄」
「聲」→「声」
「齋」→「斎」
「鐵」→「鉄」
「點」→「点」

名前でも齋藤さん、みたいな昔ながらの文字を使っているのを見たことがある人もいるだろう。上記した漢字は「表外漢字字体表」という常用漢字以外ではあるが勿論、れっきとした漢字として使用は可能である。が、基本的に現在は使われてはいない。


さて。そうは言っても。


私もそうだが、生まれた時から常用漢字の世界に生きていると、現在の漢字使用について違和感を感じることは少ない。自分の知らない漢字や用法を見ても、「知らなかったなぁ」「ふーん、この場合はこの漢字なのか」と、ただ受け入れるだけだ。
それで意思疎通が出来ないわけでもない。本も読める。ネットの文章も問題ない。

それはそれで「今の日本語」という言語としてはよくある推移、変化であり、それもまた文化である。

ただ。

置き去りにしてきた部分があるということを忘れて良いとは思えない。

だから、そのことを分かった上で、日本語という素敵な我々の言語を後世に伝えていきたい。


なお、本文は端折った部分がかなりある。戦後の漢字の変遷も複雑なものがある。詳しく見たい方は、参考文献に挙げた<阿辻哲次『戦後日本漢字史』新潮選書、2010年。>を是非読んで貰いたい。
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阿辻哲次『戦後日本漢字史』新潮選書、2010年
白川静『常用字解[第二版]』平凡社、2012年

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