しのびたる所にありては
しのびたる所にありては、夏こそをかしけれ。
いみじくみじかき夜の明けぬるに、つゆ寝ずなりぬ。
やがてよろづの所あけながらあれば、涼しく見えわたされたる。
なほ今すこし言ふべきことのあれば、かたみに答などするほどに、ただ居たるうへより、烏のたかくなきて行くこそ、顕正(けせう)なる心地してをかしけれ。
また、冬の夜のいみじう寒きに、思う人とうもれふして聞くに、鐘の音の、ただ、ものの底なるやうに聞ゆる、いとをかし。
鳥のこゑも、はじめは羽のうちになくが、口をこめながらなけば、いみじうものふかく、遠きが、明くるままにちかく聞ゆるも、をかし。