土佐日記「二月四日/忘れ貝」
このテキストでは、
土佐日記の一節「四日。楫取り、『今日、風雲のけしきはなはだ悪し』と言ひて〜」から始まる部分の原文、現代語訳・口語訳とその解説を記しています。書籍によっては「
二月四日」や「
忘れ貝」と題するものもあるようです。
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土佐日記は平安時代に成立した日記文学です。日本の歴史上おそらく最初の日記文学とされています。作者である
紀貫之が、赴任先の土佐から京へと戻る最中の出来事をつづった作品です。
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紀貫之は、柿本人麻呂や小野小町らとともに
三十六歌仙に数えられた平安前期の歌人です。『
古今和歌集』の撰者、『新撰和歌』(新撰和歌集とも)の編者としても知られています。
原文
四日。楫取り、
と言ひて、船
いださずなり
(※1)ぬ。
しかれども、
ひねもすに波風立たず。この楫取りは、日も
(※2)え測らぬ かたゐなりけり。この泊の浜には、
くさぐさの
うるはしき貝・石など
多かり。
かかれば、ただ
(※3)昔の人をのみ恋ひつつ、船なる人の
詠める、
寄する波うちも寄せ(※4)なむわが恋ふる人忘れ貝降りて拾はむ
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歌の解説
と言へれば、
ある人の
たへずして、船の
心やりに詠める、
忘れ貝拾ひしもせじ(※5)白玉を恋ふるをだにも形見と思はむ
※
歌の解説
となむ言へる。女児のためには、親
幼くなり
(※6)ぬべし。
「玉ならずもあり(※7)けむを。」
と人言はむ
(※8)や。されども、
と言ふやうもあり。なほ同じ所に日を
経ることを嘆きて、ある女の詠める歌、
手をひてて寒さも知らぬ泉にぞくむとはなしに日ごろ経にける
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歌の解説
現代語訳
四日。船頭が、
「今日は、風や雲の様子がとてもよくない。」
と言って、船を出さないままになった。しかしながら、一日中波風は立たない。この船頭は、天候も予測できない愚か者であった。この港の浜辺には、(子どもの喜びそうな)様々な種類の美しい貝や石などがたくさんある。このようなわけで、ただ亡くなった人(自分の娘)のことばかりを恋しく思い、船にいる人(紀貫之の妻)が詠んだ(歌)。
(浜辺に)打ち寄せる波よ、どうか(恋しい人を忘れさせるという)忘れ貝を打ち寄せてほしい。そしたら(船から)降りて拾うから。
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歌の解説
と詠んだので、居合わせる人がこらえることができずに、船旅の気晴らし(のため)に詠んだ(歌)。
忘れ貝は決して拾うまい。せめて白玉(のようにかわいいあの子)を恋しく思うだけでも、(あの子の)形見と思いましょう。
※
歌の解説
と詠んだ。娘のためには、親は子どものようになってしまうのであろう。
「白玉と言うほどではなかっただろう。」
と人は言うだろうか。しかし、
「亡くなった子は、顔が美しかった。」
と言うようなこともある。依然として、同じ場所で時間が経つことを嘆いて、とある女性が詠んだ歌。
手を水にぬらしても冷たさを感じるわけではない泉、その和泉という場所で、水をくむわけでもなく数日を過ごしてしまったことよ。
※
歌の解説
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