古墳の出土品
古墳は墓であったので、さまざまな出土品が出てきました。
埴輪は、円筒や形象の二種類に分類される素焼きの焼き物です。
円筒埴輪は筒型・壺形・朝顔形、
形象埴輪は盾・人物・動物などが作られました。
古墳の墳丘上には
石人や
石馬といった石像彫刻が建てられました。
前期~中期の高塚式古墳では個人墓の
竪穴式石室、後期には家族墓の
横穴式石室が用いられました。また、前期~中期古墳には、粘土槨が使われるものもありました。
棺は
木棺と
石棺があり、石棺は前期の舟型、中期の長持形、後期の家形に分けられます。
副葬品としては、
鏡が有名です。
三角縁神獣鏡は前期古墳の代表的な副葬品で、邪馬台国論争の重要な史料となっています。
その他には、
勾玉・刀剣・甲冑・馬具などが副葬品として埋められました。
6~7世紀になると、有力農民が
群集墳を作るようになり、和歌山県の岩橋千塚、奈良県の新沢千塚、大阪府の平尾山千塚などが代表的です。また、竹原古墳などの
装飾古墳も出てきます。
新しい文化と技術の伝来
技術や文化の伝来
4~5世紀には、朝鮮半島の
楽浪郡や
帯方郡に住んでいた
漢民族が日本に渡ってきました。また、6~7世紀には
韓民族も渡り、彼らは
渡来人と呼ばれました。
渡来人は様々な技術を大和政権下の社会に伝えました。
須恵器・土師器などの
焼き物や
漢字、儒教、仏教などが伝わります。
養蚕・機織を伝えた
弓月氏、文筆に優れた
阿知使主、『論語』『千字文』をもたらした
王仁などが有名な渡来人です。
漢字は4~5世紀に伝わったとされ、
石上神宮七支刀・江田船山古墳出土鉄刀・稲荷山古墳出土鉄剣・隅田八幡神社人物画像鏡などに漢字の銘文が刻まれています。
4~5世紀に
儒教が伝わり、6世紀はじめに
五経博士が百済から来日し、
『易経』『詩経』『書経』『春秋』『礼記』の五経を教授しました。
仏教は、百済の
聖明王が仏像や経論を献じたことが始まりとされ、道教なども古墳時代に伝わりました。