平家物語
祇園精舎
其の上、忠盛の郎等、もとは一門たりし木工助平貞光が孫、進の三郎大夫家房が子、左兵衛尉家貞といふ者ありけり。薄青の狩衣(かりぎぬ)の下に、萌黄威の腹卷を着、弦袋つけたる太刀脇挟んで、殿上の小庭に畏(かしこ)まってぞ候ひける。貫首以下(かんじゅいげ)あやしみをなし、
「うつぼ柱より内、鈴の網の辺に、布衣(ほうい)の者の候は何者ぞ、狼藉(ろうぜき)なり、罷出(あまかりい)でよ」
と、六位をもつて言はせければ、家貞申しけるは、
「相伝の主備前守殿、今夜闇打ちにせられ給うふべき由承り候あひだ、そのならむ様を見んとてかくて候。えこそ罷出(まかりい)づまじけれ」
とて、畏まって候ひければ、これらをよしなしとや思はれけむ、その夜の闇打ちなかりけり。
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