蜻蛉日記
おほやけには例のそのころ八幡のまつりになりぬ。
おほやけには、例の、そのころ八幡のまつりになりぬ。つれづれなるをとて、しのびやかに立てれば、ことにはなやかにていみじう追ひちらすもの来(く)。たれならむとみれば、御前どもの中に例みゆる人などあり。さなりけりと思ひてみるにも、まして我が身いとはしき心ちす。簾(すだれ)まきあげ、下すだれおしはさみたれば、おぼつかなきこともなし。この車を見つけて、ふと扇(あふぎ)をさしかくしてわたりぬ。
「御文あり。」
とあるかへりごとのはしに、
「昨日はいとまばゆくてわたりたまひにき」
とかたるは、などかは、さはせでぞなりけん、わかわかしう」
と書きたりけり。かへりごとには、
「老いのはづかしさにこそありけめ。まばゆきさまにみなしけん人こそにくけれ」
などぞある。
又かきたえて十余日になりぬ。日ごろのたえまよりはひさしき心ちすれば、またいかになりぬらんとぞ思ひける。