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蜻蛉日記原文全集「かくはあれどただ今のごとくにてはゆくすゑさへ心ぼそきに」

著者名: 古典愛好家
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蜻蛉日記

かくはあれどただ今のごとくにてはゆくすゑさへ心ぼそきに

かくはあれど、ただ今のごとくにてはゆくすゑさへ心ぼそきに、ただ一人をとこにてあれば、年ごろもここかしこにまうでなどする所には、このことを申しつくしつれば、今はましてかたかるべき年齢(としよはひ)になりゆくを、いかでいやしからざらん人のをんなご一人とりて、うしろみもせん、一人ある人をもうちかたらひて、わがいのちのはてにもあらせんと、この月ごろおもひたちてこれかれにもいひあはすれば、

「殿のかよはせたまひし源宰相兼忠(かねただ)とかきこえし人の御むすめのはらにこそ、女君いとうつくしげにてものしたまふなれ。おなじうはそれをやはさやうにもきこえさせ給はぬ。いまは志賀のふもとになん、かのせうとの禅師の君といふにつきてものし給ふなる」


などいふ人あるときに、

「そよや、さる事ありきかし。故陽成院の御のちぞかし。宰相なくなりてまだ服のうちに、礼のさやうのこと聞きすぐされぬ心にて、なにくれとありしほどに、さありしことぞ。人はまづその心ばへにて、ことにいまめかしうもあらぬうちに、齢(よはひ)などもあうよりにたべければ、女はさらんとも思はずやありけん。されど返りごとなどすめりしほどに、みづからふたたび許(ばかり)などものして、いかでにかあらん、単衣(ひとへぎぬ)のかぎりなんとりてものしたりしことどもなどもありしかど、わすれにけり。さていかがありけん、

せきこえてたびねなりつるくさまくら かりそめにはたおもほえぬかな

とかいひやり給ふめりし、なほもありしかば、返りことごとしうもあらざりき。

おぼつかなわれにもあらぬくさまくら 又こそしらねかかるたびねは

とぞありしを、

「たびかさなりたるぞあやしき。などもろともに」

とてわらひてき。のちのちしるきこともなくてやありけん、いかなるかへりごとにか、かくあめりき。

おきそふるつゆによなよなぬれこしは おもひのなかにかはく袖かは

などあめりしほどに、ましてはかなうなりはてにしを、のちにききしかば、

「ありしところに女子うみたなり。さぞとなんいふなる。さもあらん。ここに取りてやはおきたらぬ」

などのたまひし、それななり。させんかし」


などいひなりて、たよりをたづねてきけば、この人もしらぬをさなき人は十二三のほどになりにけり。ただそれ一人を身にそへてなん、かの志賀のひむがしのふもとに、水うみをまへに見、志賀の山をしりへに見たるところの、いふかたなう心ぼそげなるに明かし暮らしてあなるとききて、身をつめば、なにはのことをさるすまひにて、思ひのこし言ひのこすらんとぞ、まづおもひやりける。



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・蜻蛉日記原文全集「かくはあれどただ今のごとくにてはゆくすゑさへ心ぼそきに」

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The University of Virginia Library Electronic Text Center and the University of Pittsburgh East Asian Library http://etext.lib.virginia.edu/japanese/
長谷川 政春,伊藤 博,今西 裕一郎,吉岡 曠 1989年「新日本古典文学大系 土佐日記 蜻蛉日記 紫式部日記 更級日記」岩波書店

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