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蜻蛉日記原文全集「三日になりぬる夜ふりける雪」

著者名: 古典愛好家
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蜻蛉日記

三日になりぬる夜ふりける雪

三日になりぬる夜ふりける雪、三四寸許(ばかり)たまりて、いまもふる。すだれをまきあげてながむれば、

「あさなむ」


といふ声ここかしこにきこゆ。風さへはやし。世の中いとあはれなり。


さて日はれなどして、八日のほどに県(あがた)ありきのところにわたりたり。類おほく、わかき人がちにて、箏(さう)の琴、琵琶など、をりにあひたる声にしらべなどして、うちわらふことがちにて暮れぬ。つとめてまらうどかへりぬるのち、心のどかなり。ただいまある文(ふみ)を見れば、

「ながき物忌(ものいみ)にうちつづき、着座といふわざしてはつつしみければ。今日なんいととくと思ふ」


など、いとこまやかなり。かへりごとものして、いとよげにあめれど、よにもあらじ、いまは人しれぬさまになりゆくものを、と思ひすぐして、あさましううちとけたることおほくてあるところに、午時(うまどき)許(ばかり)に、

「おはしますおはします」


とののしる。いとあわただしき心ちするに、はひ入りたれば、あやしく我か人かにもあらぬにてむかひゐれば、心ちも空なり。しばしありて台などまゐりたれば、すこし食ひなどして、日くれぬとみゆるほどに

「あす春日のまつりなれば、御てぐら出だしたつべかりければ」


などて、うるはしうひき装束(さうぞ)き、御前(ごせん)あまたひきつれ、おどろおどろしうおひちらして出でらる。すなはちこれかれさしあつまりて、

「いとあやしううちとけたりつるほどに、いかにごらんじつらん」


など、くちぐちいとほしげなることをいふに、ましてみぐるしきことおほかりつると思ふ心ち、ただ身ぞうじはてられぬるとおぼえける。

いかなるにかありけん、このごろの日、てりみくもりみ、いと春さむき年とおぼえたり。夜は月あかし。

十二日、雪こち風にたぐひてちりまがふ。午時許より雨になりてしづかにふりくらすままにしたかひて世中あはれげなり。今日まで音なき人も思ひしにたがはぬ心ちするを、今日より四日、かの物忌にやあらんと思ふにぞ、すこしのどめたる。


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・蜻蛉日記原文全集「三日になりぬる夜ふりける雪」

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The University of Virginia Library Electronic Text Center and the University of Pittsburgh East Asian Library http://etext.lib.virginia.edu/japanese/
長谷川 政春,伊藤 博,今西 裕一郎,吉岡 曠 1989年「新日本古典文学大系 土佐日記 蜻蛉日記 紫式部日記 更級日記」岩波書店

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