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土佐日記 原文全集「忘れ貝」

著者名: 古典愛好家
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忘れ貝

二月四日

四日。楫取、

「今日風雲の気色はなはだ悪し」


と言ひて、船出ださずなりぬ。しかれども、ひねもすに波風立たず。この楫取は、日もえ計らぬかたゐなりけり。

この泊の浜には、草々のうるはしき貝・石など多かり。かかれば、ただ昔の人をのみ恋ひつつ、船なる人の詠める、

  寄する波打ちも寄せなむわが恋ふる 人忘れ貝下りて拾はむ

と言へれば、ある人のたへずして、船の心やりに詠める、

  忘れ貝拾ひしもせじ白珠を 恋ふるをだにも形見と思はむ

となむ言へる。女子のためには、親幼くなりぬべし。

「珠ならずもありけむものを」


と人言はむや。されども、

「死し子、顔よかりき」


と言ふやうもあり。

なほ、同じ所に日を経ることを嘆きて、ある女の詠める歌、

  手をひでて寒さも知らぬ泉にぞ汲むとはなしに日ごろ経にける


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・土佐日記 原文全集「忘れ貝」

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森山京 2001年 「21世紀によむ日本の古典4 土佐日記・更級日記」ポプラ社
長谷川 政春,伊藤 博,今西 裕一郎,吉岡 曠 1989年「新日本古典文学大系 土佐日記 蜻蛉日記 紫式部日記 更級日記」岩波書店

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