関白殿、二月廿一日に
其の一
さて、八九日のほどにまかづるを、
「いますこし近うなりてを」
など仰せらるれど、出でぬ。いみじう、つねよりものどかに照りたる昼つかた、
「花の心ひらけざるや。いかにいかに」
とのたまはせたれば、
「秋はまだしく侍れど、夜にここのたびのぼる心地なむし侍る」
と聞こえさせつ。
出でさせ給ひし夜、車の次第もなく、
「まづまづ」
と乗りさわぐがにくければ、さるべき人と、
「なほ、この車に乗るさまの、いとさわがしう、祭のかへさなどのやうに、倒れぬべくまどふさまの、いと見苦しきに、たださはれ、乗るべき車なくて、えまゐらずは、をのづから聞こしめしつけて、給はせもしてむ」
などいひあはせて立てる前よりをしこりて、まどひ出でて乗りはてて、
「かう来(こ)」
といふに、
「まだし、ここに」
といふめれば、宮司寄りきて、
「誰々おはするぞ」
と問ひ聞きて、
「いとあやしかりけることかな。今はみな乗り給ひぬらむとこそ思ひつれ。こはなど、かうをくれさせ給へる。いまは得選乗せむとしつるに、めづらかなりや」
などおどろきて、寄せさすれば、
「さは、まづその御心ざしあらむをこそ乗り給はめ。次にこそ」
といふ声をききて、
「けしからず、腹きたなくおはしましけり」
などいへば乗りぬ。その次には、まことに御厨子(みづし)が車にぞありければ、火もいとくらきを笑ひて、二条の宮にまゐりつきたり。