関白殿、二月廿一日に
其の二
おはしまし着きたれば、大門のもとに、高麗、唐土の楽して、獅子、狛犬(こまいぬ)をどり舞ひ、乱声の音、鼓の声にものもおぼえず。こはいきての仏の国などに来(き)にけるにやあらむと、空に響きあがるやうにおぼゆ。
内に入りぬれば、色々の錦のあげばりに、御簾いと青くかけわたし、屏幔どもひきたるなど、すべてすべてさらにこの世とおぼえず。御桟敷(さじき)にさし寄せたれば、またこの殿ばら立ち給ひて、
「とう下りよ」
とのたまふ。乗りつる所だにありつるを、いますこしあかう顕証(けそう)なるに、つくろひ添へたりつる髪も唐衣の中にてふくだみ、あやしうなりたらむ、色の黒さ赤ささへ見えわかれぬべきほどなるが、いとわびしければ、ふともえ下りず。
「まづ後なるこそは」
などいふほどに、それもおなじ心にや。
「しぞかせ給へ。かたじけなし」
などいふ。
「はぢ給ふか」
など笑ひて、からうじて下りぬれば、寄りおはして、
「『むねかたなどに見せで、かくしておろせ』と、宮の仰せらるれば、来(き)たるに、思ひぐまなく」
とて、ひきおろして、ゐてまゐり給ふ。さ聞こえさせ給ひつらむと思ふも、いとかたじけなし。