はじめに
このテキストでは、
万葉集に収録されている歌「
紫草のにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに我恋ひめやも」の現代語訳・口語訳と解説、そしてその品詞分解をしています。
※万葉集は、奈良時代末期に成立したとみられる日本に現存する最古の和歌集です。天皇や貴族、役人や農民など様々な身分の人々が詠んだ4500以上の歌が収録されています。
原文
紫草の
(※1)にほへる
(※2)妹を
憎くあらば 人妻
(※3)ゆゑに我
恋ひ(※4)めやも
ひらがなでの読み方
むらさきの にほへるいもを にくくあらば ひとづまゆえに われこいめやも
現代語訳
紫草のように色美しく映えているあなたのことをいやだと思うなら、人妻なのに(どうしてあなたのことを)恋い慕いましょうか、いや、恋い慕ったりはしません。(嫌ではないからこそ恋い慕うのです)
解説
この歌の前書きには、「(額田王が詠んだ歌をうけて)皇太子がお答えになった歌」と記されています。ここでいう皇太子とは、大海人皇子(のちの天武天皇)のことです。大海人皇子は額田王と結婚し子どもをもうけていましたが、この歌が詠まれたとき、二人はすでに別れており、額田王は天智天皇(大化の改新で有名な中大兄皇子。大海人皇子のお兄さん)と恋人関係にありました。
宴会の席で額田王は、大海人皇子との昔の関係をネタにして次のような歌を詠みました。
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
今は天智天皇と付き合っているけれど、大海人皇子は、実はまだ私に気があって、彼は袖を振って好きだと伝えてくるわ。そんなあちこちで袖を振っていたら、見張りの人がこれをみて、秘めた恋がばれてしまうじゃないの。
もちろん、いじわるをしているのではなく額田王の遊び心です。これに返事をしたのが、「紫草のにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに我恋ひめやも」でした。
美しいあなたは私の妻ではなく、もう違う人(天智天皇)の妻である。別れたあなたのことを未だに嫌だと思っていたら、あなたのことを恋しく思うことはないでしょう。しかし、人妻であるあなたのことを未だに恋しく思うのは、あなたのことを嫌ってはいないからです。
もちろんこれも宴会の席でのネタです。ちなみにこの宴会には、天智天皇もいたとされています。今の旦那さんの前で、このように昔の関係をネタにできるというところに、三人の信頼関係を感じることができますね。
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