十訓抄『顕雅の言ひ間違ひ』
このテキストでは、
十訓抄の一節『
顕雅の言ひ間違ひ(楊梅大納言顕雅卿若くよりいみじく言失~)』の現代語訳・口語訳とその解説を記しています。
原文
楊梅大納言顕雅卿(やまもものだいなごんあきまさきょう)は、若くより
いみじく
言失(ごんしつ)を
ぞしたまひける。
神無月のころ、ある
宮ばらに参りて、御簾(みす)の外にて女房たちと物語りせられけるに、時雨のさとしければ、供なる
雑色(ざふしき)をよびて、
「車の降るに時雨さし入れよ」
とのたまひけるを、
「車軸とかやにや。恐ろしや」
とて、御簾の内笑ひあはれけり。さてある女房の
「御いひたがへ常にありと聞こゆれば、実(まこと)にや、御祈りのあるぞや」
といはれければ、
「そのために三尺のねずみを作り供養せむと思ひ侍る」
といはれたりける。折節、ねずみの御簾のきはを走り通りけるを見て、観音に思ひまがひてのたまひけるなり。「時雨さし入れよ」にはまさりておかしかりけり。
現代語訳
楊梅大納言顕雅卿は、若い頃からよく言い間違いをなさる人でした。
10月のとある日、顕雅卿がある皇族のもとに参上して御簾の外で女房たちと談笑していらっしゃったときに、時雨が降り出してきました。顕雅卿は連れていた従者を呼んで、
「車が降るから時雨をしまえ」
とおっしゃいました。(これを聞いた女房たちは)
「車軸が降るのかしら。恐ろしいわ」
と御簾の中で笑ったのでした。そこでとある女房が
「あなた様はいい間違いをいつもなさると伺っていましたが、本当なのでしょうか、(言い間違えをなくすための)ご祈祷があるというのは?」
と顕雅卿に申されたので、(顕雅卿は)
「そのために、三尺の大きさのねずみを作って供養しようと思っているのです。」
とおっしゃいました。ちょうどそのときに、ねずみが御簾の端を走って通っていったのを見て、(顕雅卿は)観音という言葉(とねずみという言葉)を思い間違えておっしゃったのです。「時雨を入れなさい」と言ったことよりもいっそう面白いことでした。
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