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源氏物語『須磨・須磨の秋』(げに、いかに思ふらむ〜)』のわかりやすい現代語訳と解説
著作名: 走るメロス
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源氏物語『須磨の秋』

このテキストでは、源氏物語の一節『須磨』の「げに、いかに思ふらむ〜」から始まる部分のわかりやすい現代語訳・口語訳とその解説を記しています。書籍によっては「須磨の秋」と題するものもあります。



源氏物語とは

源氏物語は平安中期に成立した長編小説です。一条天皇中宮の藤原彰子に仕えた紫式部が作者というのが通説です。


原文(本文)

「 げに、いかに思ふらむ、我が身ひとつにより、親、はらから、かた時たち離れがたく、ほどにつけつつ思ふらむ家を別れて、かく惑ひ合へる。」


と思すに、いみじくて、

「 いとかく思ひ沈むさまを、心細しと思ふらむ。」


と思せば、昼は何くれとたはぶれごとうちのたまひ紛らはし、つれづれなるままに、色々の紙を継ぎつつ手習ひをし給ひ、めづらしき様なる唐の綾などに、さまざまの絵どもをかきすさび給へる、屏風のおもてどもなど、めでたく、見所あり。人々の語り聞こえし海山のありさまを、遥かに思しやりしを、御目に近くては、 げに及ばぬ磯のたたずまひ、 二なくかき集め給へり。





「 このころの上手にすめる千枝、常則などを召して、作り絵仕うまつらせばや」


と、心もとながり合へり。なつかしうめでたき御さまに、世のもの思ひ忘れて、近うなれ仕うまつるうれしきことにて、四、五人ばかりぞ、つと候ひける。

※つづき:源氏物語『須磨の秋』(前栽の花、いろいろ咲き乱れ〜)の現代語訳と解説





現代語訳(口語訳)

「本当に、(従者たちは)どう思っているのだろう、私一人のために、親や兄弟が、かた時も離れがたいと、家柄や身分相応に思っているであろう家を離れて、このようにさまよっているとは。」


と(光源氏が)お思いになると、悲しく思い、

「(私が)大変このように思い沈んでいる様子を(見ると)、(彼らは)心細いと思うであろう。」




とお思いになるので、昼間はなんやかんや冗談をおっしゃって気を紛らわし、することもなくただ見にまかせて、様々な紙を継ぎ合わせては心のおもむくままに書き流すことをなさり、珍しい様子の唐(中国)の織物などに、さまざまな絵を慰み半分にお書きなさります、屏風の表に書かれた絵などは、大変すばらしく、見る価値があります。(都で)人々が(光源氏に)お話申し上げた海や山の様子を、遠くのこととして想像なさっていらしたことを、(今はその海や山が)お目の近くにあるとなると、本当に、(その想像の絵では)及ばない磯の様子を、比類のないほど(立派に)お描き集めになっています。

「近頃、名人とされている千枝、常則などをお呼びになって、(光源氏がお描きになられた)絵に色をつけさせ申し上げたいものです。」


といって、(皆)残念がっています。



(光源氏の)親しみやすくすばらしいご様子に、(皆は)世の中の憂鬱なことを忘れて、(光源氏のお側に)お仕え申し上げていることを嬉しく思い、四、五人ほどがそのままお仕えしていました。

※つづき:源氏物語『須磨の秋(前栽の花、いろいろ咲き乱れ〜)』の現代語訳と解説

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