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枕草子 原文全集「里にまかでたるに」 |
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著作名:
古典愛好家
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里にまかでたるに、殿上人などの来(く)るをも、やすからずぞ人々はいひなすなり。いと有心(うしん)に引き入りたるおぼえ、はたなければ、さいはむもにくかるまじ。また、昼も夜も来る人を、なにしにかは、
「なし」
ともかがやきかへさむ。まことにむつまじうなどあらぬも、さこそは来(く)めれ。あまりうるさくもあれば、このたび、いづくとなべてには知らせず、左中将経房(つねふさ)の君、済政(なりまさ)の君などばかりぞ知りたまへる。
左衛門の尉(じよう)則光が来て物語などするに、
「昨日、宰相の中将のまゐりたまひて、『いもうとのあらむ所、さりとも知らぬやうあらじ。言へ』といみじう問ひたまひしに、さらに知らぬよしを申ししに、あやにくにしゐたまひしこと」
などいひて、
「ある事あらがふは、いとわびしくこそありけれ。ほとほと笑みぬべかりしに、左の中将の、いとつれなく知らず顔にて居たまへりしを、かの君に見だにあはせば笑ひぬべかりしにわびて、台盤のうへに布のありしを取りて、ただくひにくひまぎらはししかば、中間に、あやしのくひものやと見けむかし。されどかしこう、それにてなむ、そことは申さずなりにし。笑ひなましかば、不用ぞかし。まことに知らぬなめりとおぼえたりしもをかしくこそ」
など語れば、
「さらに、な聞こえたまひそ」
などいひて、日ごろ久しうなりぬ。
夜いたくふけて、門をいたうおどろおどろしう叩けば、なにのかう心もなう、遠からぬ門を高く叩くらむと聞きて、問はすれば、滝口なりけり。
「左衛門の尉の」
とて、文を持て来たり。皆寝たるに、火取り寄せて見れば、
「明日、御読(みど)経の結願(けちがん)にて、宰相の中将、御物忌に籠りたまへり『いもうとのあり所申せ申せ』とせめらるるにずちなし。さらにえ隠し申すまじ。さなむとや聞かせたてまつるべき。いかに。おほせに従わむ」
といひたる、返事(かへりごと)は書かで、布を一寸ばかり紙につつみてやりつ。
さて後きて、
「一夜(ひとよ)は責めたてられて、すずろなる所々になむ、率てありきたてまつりし。まめやかにさいなむに、いとからし。さて、など、ともかくも御かへりはなくて、すずろなる布の端をばつつみてたまへりしぞ。あやしのつつみものや。人のもとに、さるものつつみておくるやうやはある。とりたがへたるか」
といふ。いささか心もえざりける、と見るがにくければ、ものもいはで、硯にある紙の端に、
かづきするあまのすみかをそことだに ゆめゆふなとやめをくはせけむ
と書きてさし出でたれば、
「歌詠ませたへるか。さらに見はべらじ」
とて、扇かへして逃げて去ぬ。
かう語らひ、かたみに後見などするに、中になにともなくてすこし中あしうなりたるころ、文おこせたり。
「便なきことなどはべりとも、なほ契りきこえしかたは忘れたまはで、よそにてはさぞとは見たまへとなむ思ふ」
といひたり。つねにいふことは、
「おのれをおぼさむ人は、歌をなむ詠みて得さすまじき。すべて仇敵となむ思ふ。今はかぎりありて絶えむ、と思はむ時にさることはいへ」
などいひしかば、この返りごとに、
くずれよる妹背の山のなかなれば さらに吉野の河とだに見じ
といひやりしも、まことに見ずやなりにけむ、返しもせずなりにき。さて、かうぶり得て、遠江(とうたあふみ)の介といひしかば、にくくてこそやみにしか。
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