更新日時:
|
|
枕草子 原文全集「返る年の二月廿余日」 |
|
著作名:
古典愛好家
12,303 views |
返る年の二月廿余日、宮の職(しき)へ出でさせたまひし御供にまゐらで、梅壺に残りゐたりし、またの日、頭中将の御消息とて、
「昨日の夜、鞍馬に詣でたりしに、今宵方のふたがりければ、方違(かたたがへ)になむ行く。まだ明けざらむにかへりぬべし。かならずいふべきことあり。いたう叩かせで待て」
とのたまへりしかど、
「局にひとりはなどてあるぞ。ここに寝よ」
と御匣殿(みくしげどの)の召したれば、まゐりぬ。 久う寝おきておりたれば、
「夜べいみじう人の叩かせたまひし、からうじて起きてはべりしかば、『上にか、さらばかくなむと聞こえよ』と、はべりしかども、よもおきさせたまはじとて、臥しはべりにき」
と語る。心もなのことや、と聞くほどに、主殿司(とものづかさ)きて、
「頭の殿の聞こえさせたまふ。『ただ今まかづるを聞こゆべきことなむある』」
といへば、
「見るべきことありて上へなむのぼりはべる。そこにて」
といひて、やりつ。
局は引きもやあけたまはむと、心ときめきしてわづらはしければ、梅壺の東面(ひんがしおもて)、半蔀(はんじとみ)上げて、
「ここに」
といへば、めでたくてぞあゆみ出でたまへる。桜の綾の直衣(なをし)の、いみじう花々と、裏のつやなどえもいはずきよらかなるに、葡萄染(ゑびぞめ)のいと濃き指貫、藤の折枝おどろおどろしく織りみだりて、紅の色うちめなど、輝くばかりぞ見ゆる。白き、薄色など下にあまた重なりたり。狭き縁に、かたつかたは下(しも)ながら、すこし簾のもと近う寄りゐたまへるぞ、まことに絵にかき物語のめでたきことにいひたる、これにこそは、とぞ見えたる。
御前の梅は、西に白く東(ひむがし)は紅梅にて、すこし落ちがたになりたれど、なほをかしきに、うらうらと日のけしきのどかにて、人に見せまほし。御簾の内に、まいて若やかなる女房などの、髪うるはしくこぼれかかりてなどいひためるやうにて、もののいらへなどしたらむは、いますこしをかしう見所ありぬべきに、いとさだすぎふるぶるしき人の、髪などもわがにはあらねばにや、ところどころわななき散りぼひて、おほかた色ことなるころなれば、あるかなきかなる薄鈍(うすにび)、あはひも見えぬきはきぬなどばかりあまたあれど、つゆのはえも見えぬに、おはしまさねば裳も着ず袿(うちぎ)姿にてゐたるこそ、ものそこなひにてくちをしけれ。
「職(しき)へなむまゐる。ことづけやある。いつかまゐる」
などのたまふ。
「さても、夜べ、あかしもはてで、さりともかねてさいひしかば待つらむとて、月のいみじうあかきに、西の京といふ所よりくるままに、局を叩きしほど、からうじて寝おびれおきたりしけしき、いらへのはしたなき」
など語りて笑ひたまふ。
「むげにこそ思ひうんじにしか。などさる者ものをばおきたる」
とのたまふ。げにさぞありけむと、をかしうもいとほしうもあり。しばしありて出でたまひぬ。外(と)より見む人は、をかしく、うちにいかなる人あらむと思ひぬべし。奥のかたより見いだされたらむうしろこそ、外にさる人やとおぼゆまじけれ。
暮れぬればまゐりぬ。御前に人々いと多く、殿上人などさぶらひて、物語のよきあしき、にくきところなむどをぞ、定めいひそしる。涼、仲忠(なかただ)などがこと、御前にも、劣りまさりたるほどなどおほせられける。
「まづ、これはいかに。とくことわれ。仲忠が童生ひのあやしさを、せちにおほせらるるぞ」
などいへば、
「なにか。琴なども天人のをるばかり弾きいで、いとわるき人なり。御門の御むすめやは得たる」
といへば、仲忠が方人ども所をえて、
「さればよ」
などいふに、
「この事どもよりは、昼、斉信(ただのぶ)がまゐりたりつるを見ましかば、いかにめでまどはまし、とこそおぼえつれ」
とおほせらるるに、
「さて、まことに常よりもあらまほしうこそ」
などいふ。
「まづその事をこそは啓せむと思ひてまゐりつるに、物語のことにまぎれて」
とて、ありつる事ども聞こえさすれば、
「誰も見つれどいとかう縫ひたる糸、針目までやは見とをしつる」
とて笑ふ。
「西の京といふ所の、あはれなりつること。もろともに見る人のあらましかばとなむおぼえつる。垣なども皆ふりて、苔生ひてなむ」
など語りつれば、宰相の君の
「瓦に松はありつや」
といらへたるに、いみじうめでて、
「西のかた、都門を去れること、いくばくの地ぞ」
と口ずさみつることなど、かしがましきまでいひしこそ、をかしかりしか。
このテキストを評価してください。
役に立った
|
う~ん・・・
|
※テキストの内容に関しては、ご自身の責任のもとご判断頂きますようお願い致します。 |
|
枕草子 原文全集「頭の中将のすずろなるそらごとを聞きて」
>
枕草子 原文全集「里にまかでたるに」
>
平家物語原文全集「殿上闇討 3」
>
蜻蛉日記原文全集「今日は廿三日」
>
蜻蛉日記原文全集「木陰いとあはれなり」
>
蜻蛉日記原文全集「その暮れて又の日」
>
蜻蛉日記原文全集「いかが崎、山吹の崎などいふところどころ見やりて」
>
最近見たテキスト
枕草子 原文全集「返る年の二月廿余日」
10分前以内
|
>
|
デイリーランキング