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蜻蛉日記原文全集「落忌のまうけありければ」 |
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著作名:
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落忌(としみ)のまうけありければ、とかうものするほど、川のあなたには、按察使(あぜち)の大納言の領じ給ふところありける。
「このごろの網代(あじろ)御覧ずとて、ここになんものし給ふ」
といふ人あれば、
「かうてありと聞き給べからんを、まうでこそすべかりけれ」
などさだむるほどに、もみぢのいとをかしき枝に、雉(きじ)、氷魚(ひを)などをつけて、
「かうものし給ふとききて、もろともにとおもふも、あやしう物なき日にこそあれ」
とあり。御かへり、
「ここにおはしましけるを、ただ今さぶらひ、かしこまりは」
などいひて、単衣(ひとへ)ぎぬぬぎてかづく。さながらさし渡りぬめり。また鯉、すずきなどしきりにあめり。あるすき者ども、酔ひあつまりて
「いみじかりつるものかな。御車の月の輪のほどの、日にあたりてみえつるは」
ともいふめり。車の後(しり)のかたに花、もみぢなどやさしたりけん、家の子とおぼしき人、
「ちかう花さき、実なるまでなりにける日ごろよ」
といふ なれば、後(しり)なる人も、とかくいらへなどするほどに、あなたへ舟にてみなさしわたる。
「論なう酔はむものぞ」
とて、みな酒のむ者どもをえりて、率(ゐ)てわたる。川のかたに車むかへ、榻(しぢ)立てさせて、二舟にてこぎわたる。さて酔ひまどひ、歌ひかへるままに、
「御車かけよ、かけよ」
とののしれば、こうじていとわびしきに、いとくるしうて来(き)ぬ。
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