財政改革
こうした中、ルイ16世の治世に入り、ブルボン朝は財政改革に着手します。
王は、財政改革の責任者として、重農主義経済学者の
テュルゴーと、スイス生まれの銀行家
ネッケルを指名します。
彼らは、財政改革のためには、特権身分への課税が不可欠であると考えましたが、それらは聖職者や貴族からの猛反発を受けました。
三部会の招集
自分たちの特権が奪われると考えた特権身分は三部会の招集を要求します。
三部会とは、フランスの身分制議会のことで、ルイ13世の治世に招集されたのを最後に、長らく開かれていませんでした。
この会では、伝統的な
身分別議決法が採用されていました。これは、各身分ごとにそれぞれ一票の権利があるというもので、聖職者と貴族が同じ意見を持っている場合、平民は勝つことができませんでした。
こうした中、第3身分出身の聖職者
アヴェ=シェイエスが『
第三身分とは何か』というパンフレットを著し、三部会の特権身分を糾弾し、第3身分のみが国民の代表であるという意見を世論に訴えました。
国民議会の成立
第3身分の人々は、決議に個人別投票を求めましたが、特権身分の同意を得られなかったため、1789年6月、第3身分と一部の特権身分議員を加えた
国民議会という議会を成立させます。
国民議会は、国王の承認を得ることが出来なかったため、議場の使用を禁止されました。
これに対し、国民議会は、球技場(テニスコート)に集まり、憲法制定まで解散しないことを誓い合いました。これを
球戯場の誓いといいます。
(球戯場の誓い)