租・調・庸・雑徭
口分田を支給された農民は、建前上最低限の生活を保証されたものの、
租・調・庸・雑徭などの重い負担を課せられました。
租は、耕作面積に応じて一律に課せられ、収穫の3%を稲で納めました。
公出挙は春秋の二度官稲を公民に貸出し、収穫後本稲に5割の利稲をそえて徴収し、国衙の重要な財源でした。
調は青年男子の正丁・次丁に課せられた人頭税でした。繊維・染料・塩・紙・食料品など、各地の特産品が徴収され、納税者の中から運脚が選ばれ、都へ運ばれました。
庸は正丁に10日、次丁に5日、都での労役の代納として布・綿・米・塩などを納めるものでした。
贄は、魚介類や海藻などの食品を納めるものでした。
雑徭は、国内の土木事業や国・郡の役所の雑用などに使役するものでした。
身体労働には、雑徭の他に仕丁と雇役がありました。
租税の他に、人民に課せられたのが
兵役でした。訓練を受けた兵士は衛士となり都での警備にあたったり、防人となって太宰府で防衛の任務につきました。
律令制下の身分制度では、人民を
良民と
賤民に分けられていました。良民は、皇族・皇親・貴族などの支配階級、公民(一般農民)品部・雑戸などがあてはまりました。一方賤民は、陵戸・官戸・公奴婢(官奴婢)・家人・私奴婢という五色の賤に分けられていました。