白居易『長恨歌』
このテキストでは、
白居易の詠んだ『
長恨歌』(帰来池苑皆依旧~)の原文・書き下し文、現代語訳とその解説を記しています。今回はその3回目です。長いので全文を12段に区切り、その都度書き下し文と現代語訳、解説を記しています。
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白居易『長恨歌』(九重城闕煙塵生〜)書き下し文・現代語訳と解説
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白居易『長恨歌』書き下し文・現代語訳と解説
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白居易『長恨歌』書き下し文・現代語訳と解説
原文(白文)
帰来池苑皆依旧
太液
芙蓉未央柳
芙蓉如面柳如眉
対此
如何不涙垂
春風
桃李花開夜
秋雨梧桐葉落時
西宮南苑多秋草
宮葉満階紅不掃
梨園弟子白髪新
椒房阿監青娥老
夕殿蛍飛思悄然
孤灯挑尽未成眠
遅遅鐘鼓初長夜
耿耿星河
欲曙天
鴛鴦瓦冷霜華重
翡翠衾寒誰与共
悠悠生死別経年
魂魄不曾来入夢
■書き下し文
帰り来たれば池苑(ちえん)皆旧に依(よ)る
太液(たいえき)の芙蓉未央(びおう)の柳
芙蓉は面のごとく柳は眉のごとし
此に対して如何(いかん)ぞ涙の垂れざらん
春風桃李花開く夜
秋雨梧桐(ごどう)葉落つる時
西宮南苑秋草(しゅうそう)多く
宮葉階に満ちて紅掃(はら)はず
梨園の弟子(ていし)白髪新たに
椒房(しょうぼう)の阿監(あかん)青娥(せいが)老いたり
夕殿蛍飛んで思ひ悄然(しょうぜん)
孤灯挑(かか)げ尽くすも未だ眠りを成さず
遅遅たる鐘鼓(しょうこ)初めて長き夜
耿耿(こうこう)たる星河曙(あ)けんと欲するの天
鴛鴦(えんおう)の瓦冷ややかにして霜華(そうか)重く
翡翠(ひすい)の衾(ふすま)寒くして誰と与共(とも)にせん
悠悠(ゆうゆう)たる生死別れて年を経たり
魂魄(こんぱく)曾(かつ)て来たりて夢にも入らず
■現代語訳
(都に)帰ってきてみると宮殿の池も庭も皆もとのままでした。
太液池の芙蓉も未央宮の柳も変わりありません。
芙蓉は(楊貴妃の)顔のようで、柳は(楊貴妃の)眉のようです。
これらを目にしてどうして涙を流さずにはいられましょうか、いやいられません。
春風に桃や李(すもも)の花開く夜に、
(そして)秋雨の中、梧(あおぎり)や桐の葉が落ちる時に(彼女を思い出します。)
西の御殿、南の庭では秋草が生い茂り、
宮殿の落ち葉が階段に落ちても、(積もった)紅葉を掃く人はいません。
梨園の楽坊団の人たちも年を取って白髪が新たに増えていき、
皇后の御所を取り仕切り女中も、美しい容姿が老いてしまいました。
夕暮の宮殿に蛍が飛ぶと、(皇帝は)わびしく哀しい気持ちになり、
(皆が寝静まって宮殿中の灯りが消えても皇帝の部屋だけは)ひとつだけ灯りが灯っており、それを燃やし尽くしても眠ることができずにいます。
時を告げる鐘と太鼓の音が、ようやく長く感じられる(秋の)夜となりました。
天の川の輝きがかすかになり、今にも夜が明けようとしています。
おしどりの形をした瓦は冷たく、(その上には)霜が厚く降り、
カワセミが描かれた寝具は寒く、誰と一緒に寝ましょうか、いや一緒に寝る人はいません。
はるか遠く生死を隔ててから何年も経ちましたが、
(楊貴妃の)魂は(皇帝の)夢にさえ現れることはありません。
■単語解説
芙蓉 | ハスの花の美称 |
如何不涙垂 | 「如何A」で「いかんぞA(せ)ん」と読み反語を表す |
桃李 | 桃とスモモ |
西宮南苑多秋草 宮葉満階紅不掃 | 宮殿の荒廃した様子を表している |
椒房 | 皇后の御所 |
阿監 | 女中を取り仕切るリーダー |
青娥 | 若い美人、美しい容姿 |
悄然 | 元気がなくしょげている様 |
耿耿 | 明るく輝く様 |
欲曙天 | 「欲」はここでは「今にも〜しそうだ」と訳す |
鴛鴦 | おしどり |
翡翠 | カワセミのこと |
■押韻
「旧と柳」、「眉、垂、時」、「草、掃、老」、「然、眠、天」、「重、共、夢」がそれぞれ韻を踏んでいます。