大鏡『最後の除目(兼通と兼家の不和)』の原文・現代語訳と解説
このテキストでは、
大鏡の一節『
最後の除目』の「
堀河殿、果ては〜」から始まる箇所の現代語訳・口語訳とその解説を記しています。書籍によっては「
兼通と兼家の不和」と題するものもあるようです。
大鏡とは
大鏡は平安時代後期に成立したとされる歴史物語です。
藤原道長の栄華を中心に、宮廷の歴史が描かれています。
原文(本文)
「堀河殿、
果ては、我失せ給はむとては、関白をば、御いとこの頼忠の大臣にぞ譲り給ひしこそ、世の人
いみじきひがことと、
そしり申ししか。」この向かひをる侍の言ふやう、
「東三条殿の官など取り奉らせ給ひしほどのことは、
ことわりとこそ承りしか。おのれが祖父親は、かの殿の年ごろの者にて侍りしかば、こまかに承りしは。」
続く
現代語訳(口語訳)
「堀河殿(藤原兼通)、しまいには、自分がお亡くなりになろうとするときには、関白の位を、いとこ君でいらっしゃる頼忠の大臣にお譲りになりましたが、世間の人は、ひどく間違ったこと(ご決断)だと悪く申しております。」
この人(このことを申し上げた人)の向かいに座っている人の言うことには、
「東三条殿(藤原兼家)の官位などと取り上げなさったときのことは、道理が通っていると思っていました。私の祖父は、あの殿(藤原兼通)に長年仕えた者でしたが、詳しく伺ったのです。」
続く
品詞分解
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『最後の除目・兼通と兼家の不和(堀河殿、果ては〜)』の品詞分解
単語解説
果て | しまいには |
いみじ | ひどい。「よい」という全く正反対の意味ももつので文脈から判断 |
ひがこと | 「ひがー」は正しくないを意味する |
そしる | 非難する、悪く言う |
ことわり | 道理 |
著者情報:走るメロスはこんな人
学生時代より古典の魅力に取り憑かれ、社会人になった今でも休日には古典を読み漁ける古典好き。特に1000年以上前の文化や風俗をうかがい知ることができる平安時代文学がお気に入り。作成したテキストの総ページビュー数は1,6億回を超える。好きなフレーズは「頃は二月(にうゎんがつ)」や「月日は百代の過客(くゎかく)にして」といった癖のあるやつ。早稲田大学卒業。