平家物語
祇王
独り参らむは、余りに物憂しとて、いもうとの祇女をもあひぐりしけり。そのほか拍子二人、総じて四人、ひとつ車にとりのって、西八条へぞ参りたる。さきざき召されける所へはいれられず、はるかにさがりたる所に、座敷しつらふて置かれたり。祇王、
「こはさればなに事さぶらふぞや。我が身にあやまつ事はなけれども、捨てられたてまつるだにあるに、座敷をさへさげらるることの心憂さよ。いかにせむ」
と思ふに、知らせじとおさふる袖のひまよりも、あまりて涙ぞこぼれける。仏御前これを見て、あまりにあはれに思ひければ、
「あれはいかに、日頃召されぬところでもさぶらはばこそ、これへ召されさぶらへかし。さらずはわらはにいとまをたべ。出で見参せん」
と申しければ、入道、
「すべてその儀あるまじ」
とのたまふ間、力及ばで出でざりけり。
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