蜻蛉日記
七月十余日になりて
七月十余日になりて、まらうどかへりぬれば、なごりなうつれづれにて、盆(ぼに)のことの料など、さまざまになげく人々のいきざしを聞くも、あはれにもあり、やすからずもあり。四日、例のごと調じて、政所(まどころ)のおくり文そへてあり。いつまでかうだにと、物はいはでおもふ。
さながら八月になりぬ。ついたちの日、雨ふりくらす。しぐれだちたるに、未(ひつじ)の時ばかりにはれて、くつくつほうしいとかしがましきまで鳴くをきくにも、
「我だにものは」
といはる。いかなるにかあらん、あやしうも心ぼそう、なみだうかぶ日なり。
「たたん月に死ぬべし」
といふさとしもしたれば、この月にやともおもふ。相撲(すまひ)の還(かへり)あるじなども、ののしるをばよそにきく。
十一日になりて、
「いとおぼえぬ夢みたり」
とて、
「かうて」
など、例のまことにしもあるまじきこともおほかれど、十二日にものして、ものもいはれねば、
「「などかものもいはれぬ」
とあり。
「なにごとをかは」
といらへたれば、
「などか来(こ)ぬ、とはぬ、にくし、あからし」
とて、打ちもつみもし給へかし」
といひつづけらるれば、
「きこゆべきかぎりの給ふめれば、なにかは」
とてやみぬ。つとめて、
「いま、この経営(けいめい)すぐしてまゐらんよ」
とてかへる。十七日にぞ還(かへり)あるじときく。
つごもりになりぬれば、ちぎりし経営(けいめい)おほくすぎぬれど、いまはなにごともおぼえず。つつしめといふ月日ちかうなりにけることを、あはれと許おもひつつふる。