蜻蛉日記
さて明けぬれば大夫
さて明けぬれば大夫、
「何事によりてにかありけんと、まゐりて聞かん」
とてものす。
「よべはなやみたまふことなんありける。
「にはかにいとくるしかりしかばなん、え物せずなりにし」
となん、のたまひつる」
といふしもぞ、聞かでぞおいらかにあるべかりけるとぞおぼえたる。
「さはりにぞある、をもし」
とだに聞かば、何を思はましと思ひむつかるほどに、尚侍の殿より御文(ふみ)あり。見れば、まだ山寺かとおぼしくて、いとあはれなるさまにのたまへり。
「などかは、さしげさまさる住(すま)ひをもしたまふらん。されどそれにもさはりたまはぬ人もありと聞く物を、もてはなれたるさまにのみ言ひなしたまふめれば、いかなるぞとおぼつかなきにつけても、
いもせがはむかしながらのなからば 人のゆききのかげは見てまし」
御かへりには、
「山の住ひは、秋のけしきも見給へんとせしに、またうき時のやすらひにて中空になん。しげさはしる人もなしとこそ思うたまへしか。いかに聞こしめしたるにか、おぼめかせたまふにも、げにまた、
よしや身のあせんなげきはいもせ山 なか行く水のなもかはりけり」
などぞきこゆる。