更級日記
かうて、つれづれとながむるに
かうて、つれづれとながむるに、などか物まうででもせざりけむ。母、いみじかりし古代の人にて、
「初瀬には、あなおそろし。奈良坂にて人にとられなば、いかがせむ。石山、関山こえていとおそろし。鞍馬は、さる山、ゐていでむ、いとおそろしや。親上りて、ともかくも」
と、さしはなちたる人のやうに、わづらはしがりて、わづかに清水にゐてこもりたり。それにも、例のくせは、まことしかべい事も思ひ申されず。彼岸のほどにて、いみじうさわがしう、おそろしきまでおぼえて、うちまどろみいりたるに、御帳の方の、いぬふせぎの内に、あをき織物の衣を着て、錦を頭にもかづき、足にもはいたる僧の、別当と思しきが寄り来て、
「行く先のあはれならむも知らず、さも、よしなし事をのみ」
とうちむつかりて、御帳の内に入りぬと見ても、うちおどろきても、
「かくなむ見えつる」
とも語らず、心にも思ひとどめで、まかでぬ。