ある所に、なにの君とかや
ある所に、なにの君とかやいひける人のもとに、君達(きんだち)にはあらねど、その頃いたうすいたるものにいはれ、心ばせなどある人の、九月ばかりにいきて、有明のいみじう霧りみちておもしろきに、なごり思ひ出でられむと、ことばをつくして出づるに、いまはいぬらむと、とほくみおくるほど、えもいはず艶(えん)なり。出づるかたをみせて、たちかへり、立蔀(たてじとみ)の間に、かげにそひて立ちて、なほいきやらぬさまに、いまひとたびいひ知らせむと思ふに、
「有明の月のありつつも」
と、しのびやかにうちいひて、さしのぞきたる髪の、頭(かしら)にもよりこず、五寸ばかりさがりて、火をさしともしたるやうなりけるに、月の光もよほされて、おどろかるる心地のしければ、やをら出でにけり、とこそ語りしか。