王国の分裂と滅亡
栄華を誇った王国も、次第に衰退していきます。ソロモン王の建立した神殿の建造費用や、軍隊を維持するための重税に国民は苦しんでいました。
そしてソロモン王の死後、王国は二つの国に分裂してしまいます。
北のイスラエル王国と南のユダ王国です。統一王国はダヴィデ王の出身部族ユダ族によって治められていたので、それに反感を持った部族がイスラエル王国を作ったため、分裂したと言われています。
もともと弱体化した王国が分裂してできた国だったので、周辺諸国に対抗する力を両国は持っていませんでした。
その後イスラエル王国は、紀元前722年に
アッシリアのサルゴン2世に、ユダ王国は紀元前586年に
新バビロニア王国のネブカドネザル2世によって滅ぼされてしまいます。
ユダ王国の滅亡によって、ユダヤの民は新バビロニア王国に強制移住させられました。この出来事を「
バビロン捕囚」といい、その後アケメネス朝ペルシアのキュロス2世がバビロンを占領し開放するまで、ユダヤ人は帰国を許されませんでした。
(バビロン捕囚)
ここで、ユダヤ人という新しい民族名が出てきました。
アッシリアによって滅ぼされたイスラエル王国のヘブライ人は、次第に多民族と混血し、
サマリア人という民族になっていきました。
ユダヤ人ももともとヘブライ人なんですが、バビロン捕囚中や捕囚後も、民族的伝統を失わなかった人々のことを言います。
そして、以後このユダ族と伝統を引き継いだヘブライ人をユダヤ人、そしてその宗教を
ユダヤ教と言うようになりました。