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18_80 西アジア・地中海世界の形成 / ギリシア世界

デロス同盟とは わかりやすい世界史用語964

著者名: ピアソラ
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デロス同盟とは

デロス同盟は、紀元前478年にアテネを中心として結成されたギリシア諸都市国家の同盟です。この同盟は、ペルシア帝国の脅威に対抗するために設立されました。

デロス同盟の成立背景

デロス同盟は、第二次ペルシア戦争後の紀元前478年に結成されました。この戦争では、ギリシア諸都市国家が連合してペルシア軍を撃退しましたが、ペルシアの再侵攻の恐れが残っていました。このため、アテネを中心とするギリシア諸都市国家は、共同で防衛力を強化する必要がありました。



デロス同盟の構造と運営

デロス同盟は、エーゲ海周辺の都市国家が参加する軍事同盟で、最盛期には約200のポリス(都市国家)が加盟していました。同盟の本部はデロス島に置かれ、ここで定期的に会議が開かれました。各都市国家は、兵船や資金を提供する義務がありました。資金は「フォロイ」と呼ばれる納入金として集められ、デロス島のアポロン神殿に保管されました。

アテネの主導権

アテネは、デロス同盟の盟主として強力な影響力を持っていました。アテネの海軍力は他の都市国家を圧倒しており、同盟内での発言権も大きかったです。アテネは、同盟の資金を利用して自国の防衛力を強化し、ピレウス港を中心に海軍基地を整備しました。

デロス同盟の変遷

デロス同盟は、当初はペルシアに対抗するための軍事同盟として機能していましたが、次第にアテネの支配が強まり、アテネ帝国と化していきました。紀元前454年には、同盟の金庫がデロス島からアテネに移され、アテネの財政基盤が強化されました。

ペロポネソス戦争とデロス同盟の終焉

デロス同盟の拡大とアテネの専制的な支配に対して、スパルタを中心とするペロポネソス同盟が対抗しました。両者の対立は紀元前431年にペロポネソス戦争として勃発し、紀元前404年にアテネが敗北することでデロス同盟は解散しました。

デロス同盟の意義と影響

デロス同盟は、ギリシア世界におけるアテネの覇権を確立し、エーゲ海地域の防衛と経済発展に寄与しました。しかし、同盟の運営は次第にアテネの利益に偏り、他の都市国家との対立を深める結果となりました。

このように、デロス同盟はギリシア古代史において重要な役割を果たしましたが、その運営と変遷は複雑でした。
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『世界史B 用語集』 山川出版社

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