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18_80 ヨーロッパ・アメリカの変革と国民形成 / ヨーロッパの再編(クリミア戦争以後の対立と再編)

19世紀ドイツの統一 ① ~ヴィルヘルム1世とビスマルクと普墺戦争~

著者名: エンリケ航海王子
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普墺戦争

鉄血政策によって、プロイセンは工業化が急速に進展し、軍需産業を中心とした富国強兵が行われるようになります。
ドイツ軍需産業の代表がクルップ社という企業でした。クルップは各国に武器を販売し、死の商人の代名詞ともなりました。


強力になったプロイセン軍は、各地で戦いました。

まずデンマーク戦争が起こります。

1863年に、デンマークが正式にシュレスヴィヒ公国の領有を宣言すると、ドイツ系住民の多かったシュレスヴィヒ地域の人々の要請に応じ、1864年オーストリアと共にデンマークと開戦しました。

オーストリアとともに、デンマークとの戦いに勝利し、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州を獲得すると、プロイセンは急速に拡大します。

シュレスヴィヒ・ホルシュタインというのは、ユトランド半島の南に位置していた小さな王国です。ホルシュタイン州はもともと神聖ローマ帝国の領土で、ドイツ系住民が多い地域でした。15世紀以降にデンマークの領土化に組み込まれ、それ以後ドイツとの間で領有権をめぐって争われていました。


1866年には、その両州の管理権をめぐってオーストリアと開戦し、普墺戦争が始まりましたが、プロイセンの軍事力は強力で、たった7週間でオーストリアの敗戦が決まりました。

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(普墺戦争の主戦:ケーニヒグレーツの戦い)

1867年には、ドイツ連邦が解体され、プロイセン国王を盟主とする北ドイツ連邦が成立します。

一方、普墺戦争に負けたオーストリアは、領内の独立の気運が高まったため、ナショナリズム対策としてハンガリーの議会と行政府の権限を与え、自治権を付与するというアウスグライヒ(妥協)を行い、オーストリア=ハンガリー帝国を成立させました。
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『詳説世界史研究』 山川出版社
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