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平家物語原文全集「祇王 12」

著者名: 古典愛好家
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平家物語

祇王

「親の命を背かじと、つらき道におもむひて、二たび憂き目を見つることの心憂さよ。かくてこの世にあるならば、また憂き目をも見むずらん。今はただ身をなげんと思ふなり」


と言へば、妹の祇女も、

「姉身をなげば、我もともに身をなげん」


と言ふ。母とぢこれを聞くにかなしくて、いかなるべしともおぼえず。なくなくまた教訓しけるは、

「まことにわごぜの恨むるもことはりなり。さやうの事あるべしとも知らずして、教訓してまいらせつる事の心憂さよ。ただし、わごぜ身をなげば、妹もともに身をなげんと言ふ。二人のむすめともにおくれなん後、年老ひおとろへたる母、命いきてもなににかはせむなれば、我もともに身をなげむと思ふなり。いまだ死期(しご)も来(きた)らぬ親に、身をなげさせん事、五逆罪にやあらんずらむ。この世は仮の宿(やどり)なり。恥ぢても恥ぢでも何ならず。ただながき世のやみこそ心憂けれ。今生でこそあらめ、後生でだに、悪道へおもむかんずる事のかなっしさよ」


とさめざめとかきくどきければ、祇王涙をおさへて、

「げにもさやうにさぶらはば、五逆罪疑ひなし。さらば自害は思ひとどまりさぶらひぬ。かくて宮古にあるならば、また憂き目をも見むずらん。今はただ都の外(ほか)へ出でん」


とて、祇王、廿一にて尼になり、嵯峨の奥なる山里に、柴の庵をひきむすび、念仏してこそゐたりけれ。妹の祇女も、

「姉身をなげば、我もともに身をなげんとこそ契(ちぎり)しか。まして世をいとはむに、誰かはをとるべき」


とて、十九にてさまをかへ、姉と一緒に籠り居て、後世(ごせ)を願ふぞあはれなる。母とぢこれを見て、

「若きむすめどもだに様をかふる世の中に、年老ひおとろへたる母、白髪をつけてもなににかはせむ」


とて、四十五にて髪を剃り、二人のむすめ諸共に、一向専修に念仏して、ひとへに後世をぞ願ひける。


続き

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・平家物語原文全集「祇王 12」

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梶原正昭,山下宏明 1991年「新日本古典文学大系 44 平家物語 上」岩波書店

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